「批判をするなら代案を出せ」は面倒な人への対処ツールにすぎないので、ルールのように扱わないほうがいい
〜明日の起業家たちへの伝言〜
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 TEXT 古川健介(nanapi社長)

便利な決まり文句

「批判をするなら代案を出せ」的なことを言う人がいます。

これはたぶん、何かと批判をする人に対して、「じゃあお前はもっといい案あるのかよ」ということだと思うので、気持ちはわかります。要は「いろいろ考えたけど、これがベター」というのがビジネス上では多いにもかかわらず、「ベストじゃない」という理由で批判する人への返答にすぎません。

まあ決まり文句みたいなもので、面倒な批判されたときに、これを言っておけば片付くという、便利ワードだと思います。

つまり、批判をされたくない場合や、相手にしたくない批判をされたときに、とりあえず逃げるための答えにすぎないのですが、スタートアップの現場でもこれを使う人がいます。しかも、「面倒な人への適当な返し」にすぎない言葉なのに、まるで「守るべきルール」のように振りかざす人もいるのです。

たとえば、何かを批判するメディアに、「批判するなら代案を出せ!」とかコメントしちゃう人とかですね。批判する記事のたびにわざわざ代案を出していたら、読みづらいでしょう、と思っちゃう。

それで本題なんですが、「批判をするなら代案を出せ」をスタートアップ状態の企業内でやっちゃうと、あまりメリットないかなあ、と最近思っています。

別に批判だけでもいい

スタートアップの場では、「サービスをよくして、ユーザーに支持されて、そこからお金を稼いでいく」というビジネスの当たり前を意外とできなかったりするのです。

要は、はじめて作るケースが多いので、「どう考えてもダメだよねそれ」というものすらやっちゃうケースがあるのですね。大企業だと、お金をもらうまでの経験が多いので、それを守っていればそんなにズレないんですが、スタートアップだと、とんでもない間違いを犯しがちです。

極端に言えば、100万円かかるものを0円で配ることまでできちゃうのがスタートアップです。そのままお金が尽きるまでやったら当然倒産するわけですが、そういう間違いすらできてしまいます。

それで、そんなものは、「いや、ダメでしょそれ」ですましたほうがよかったりするんですね。議論は、ある程度の範囲が決まっている場合はしたほうがいいんですが、そうでない場合、無駄なものも多いです。