読書人の雑誌『本』

まさか!亡き父のわずかな預貯金を解約する手続きがこんなに面倒だったとは……

煩わしさの度合いは先祖の引っ越し回数次第
長野 まゆみ

銀行員や戸籍係の役人との忍耐を要するやりとりの、うっぷん晴らしに小説でも書くか、という気分で先祖の足跡をたどりはじめたのだが、しだいに曾祖父の世代の無茶ぶりが面白くなり、船で何を運んでいたのだろうか、大正時代の室蘭はどんな町だったのだろうか、と深入りして調べを進めた。

だが、小説は一家の年代記ではないためさらっと流してある。室蘭では母恋の番地である。現在の地図では某企業の専用埠頭になっている。「?」と思うよりほかはない。

そういえば、父方の親族はかなり風変りなジャガイモ料理のレシピを親から子へ伝えている。北海道育ちの祖父世代の影響があるのか、瀬戸内地方もまたジャガイモの産地であるからそのせいなのか、いまとなっては結論が出ない。

それにしても、人生を閉じる事務手続きがこんなに面倒だとは予想外だった。終活に熱心な人々のことを報道番組で見聞きしていたが、あれは資産がある人の話なのだと思っていた。少額でも、手続きは煩わしい。画面上の×印をクリックするだけで終了するわけには、ゆかないのだった。

読書人の雑誌「本」2015年8月号より

長野まゆみ(ながの・まゆみ)
1959年東京都生まれ。女子美術大学卒業。1988年『少年アリス』で第25回文藝賞受賞。主な作品に『天体議会』『テレヴィジョン・シティ』『新世界』『コドモノクニ』『サマー・キャンプ』ほか多数。

長野まゆみ・著『冥途あり』
講談社/税別価格:1500円

川の流れる東京の下町で生まれ、実直な文字職人として生きてきた父。しかし亡くなったあと、父の人生に知られざる横顔が覗き始めた!遠ざかる昭和の原風景のなかに浮かび上がる人の生き様。著者自らと一族の来し方を見つめる旅を描く新境地傑作。

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