読書人の雑誌『本』

まさか!亡き父のわずかな預貯金を解約する手続きがこんなに面倒だったとは……

煩わしさの度合いは先祖の引っ越し回数次第
長野 まゆみ

わたしの曾祖父はなにゆえ引っ越しを繰り返したか?

わたしの曾祖父の場合は、引っ越しの回数が度を越していた。わずか3年、4年のあいだに、三島町(愛媛県)、室蘭、呉、室蘭、海田市町(広島県)、室蘭といった具合なのだ。

さすがに、なにかがおかしいと思うものの、事情を知っているにちがいないもっとも若い世代の父が亡くなってしまったあとなので、この移動は何ごとかと訊ねようにも、訊ねる先がない。先祖代々の墓もない。長男ながら家出して上京し、実家から勘当されたらしい祖父の墓は関東にあり、長生きだった祖母が亡くなるまで、ずいぶん長くたったひとりで眠っていた。

古い戸籍にあらわれてくる地名は未知の土地ばかりだ。どこも魅惑的でいまや訪ねる親族がいないのは、つくづく惜しまれる。曾祖父はいったいなんのために、こんな移動をくりかえしたのかと妄想をひろげつつ、このたびの『冥途あり』を書いた。

十三回忌のさい、「先祖は四国の海賊だった」という話を小耳にはさみ、子どもながら印象に残っていた。

だから、たぶん瀬戸内地方と室蘭の移動は、船であったのだろうと思われるが、廻船業者として行き来していたのなら、戸籍を動かす必要はないだろうという疑問がわく。津々浦々に立ち寄りながらの室蘭ゆきではあろうが、その航海にいちいち妻子を連れているはずもない。