読書人の雑誌『本』
まさか!亡き父のわずかな預貯金を解約する手続きがこんなに面倒だったとは……
煩わしさの度合いは先祖の引っ越し回数次第
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(文・長野まゆみ)

戸籍をさかのぼる長い旅

当事者となって手続きに煩わされるまで、「相続人の確定」という語も知らなかったし、その手続きがかぎりなく面倒であるということも頭になかった。亡くなった父のわずかな預貯金を解約する話である。

銀行の「相続センター」へ必要書類をそろえて郵送したところ、祖父の出生地がわかる戸籍も必要だとの文書がとどいた。

祖父は父と母が結婚するまえに亡くなった人なので、母もその人の出生地のことなど知らない。わたしはもちろん、肖像写真で対面するのみ。子どものころに体験したはじめての法事が祖父の十三回忌だった。いまとなっては祖母も故人となり、訊ねるわけにもゆかない。父の結婚まえの戸籍に、祖父の出生地の記述はなかった。

ここから、戸籍をさかのぼる長い旅がはじまった。まさかの事態である。資産があるならともかく、非課税の範囲にとどまるような少額の預貯金の後始末がこれほど厄介になるとは思いもしなかった。イモヅルというのかテヅルモヅルというのか、たどればたどるほど疑問と登場人物は増えるが、目当てのイモにたどりつく気配はない。

完了するのに半年を要した手続きをふりかえってみれば、曾祖父が住民票を移動するような調子で頻繁に戸籍を動かしていたことが、作業を煩雑にした最大の原因だった。住民票などなかった時代には、だれしも引っ越しをすれば戸籍を動かしていたものらしい。煩わしさの度合いは、先祖の引っ越し回数によってきまる。

いまも全国のどこかで、先祖の戸籍をもとめて右往左往している人が山ほどいるにちがいない。これからその手続きをしなければ、という人には行政書士というプロに丸投げすることをすすめる。そのほうが安上がりで時間もムダにしないですむ。

もう自分ではじめてしまった人は、銀行員や役人とのいちいち腹立たしいやりとりもふくめてプロセスを愉しむほかはない。