伝説のラジオ『パックインミュージック』が帰ってきた!?
深夜放送にみる、70年代の若者たちの青春

~元ジローズ・杉田二郎インタビュー~

選挙権の繰り下げによって若者は貴重な時間を失う?

月日が流れても変わらないものはあるが、一方で変わるものもある。変わるものの1つが選挙権を得る年齢。深夜放送世代が若者だった60年代後半から70年代前半は、学園紛争の嵐が吹き荒れていたこともあり、「学生は政治に関心を持つべきではない」という社会の風潮が強かったが、来夏の参院選から高校生を含めた18歳以上が選挙に参加できるようになる。

シンガーソングライターの杉田二郎氏(68)が、男性デュオのジローズとして『戦争を知らない子供たち』(作詞・北山修、作曲・杉田二郎)を歌った71年当時は、デモや反戦集会などに参加する若者たちに対し、世間や学校側は厳しい目を向けた。とりわけ高校生の場合、政治に関わることは厳禁という風潮があった。思想のみならず、服装面なども含めて、管理教育が進む一方だった。そんな時代に生まれたこの歌には、こんな下りがある。

♪若すぎるからと 許されないなら 髪の毛が長いと 許されないなら 今の私に 残っているのは 涙をこらえて 歌うことだけさ―――

この歌が大ヒットしてから44年。高校生であろうが、選挙へ出掛けられる時代に。隔世の感だ。ひょっとすると、大人たちの都合で若者たちの権利が規制されたり、あるいは権利が拡大されたりしているだけなのではないか? この歌を歌った杉田氏はどう考えているのだろう。

「世界的に見ると、18歳以上の人に選挙権を与えている国が多い。その点、日本は慎重だった気がします。18歳以上の人に選挙権を与えることに反対ではありません。けれど、僕はこう考えています。『みんな、これまでより2年間、時間がなくなるんだよ』と。今までの人より2年早く、政治に参加し、考える責任が課せられるのですから」

70年前半の若者たちの交流の場となった深夜放送

抑圧されながらも政治に燃えていた70年前後の若者たち。それを冷ややかに論じる現代の若者をよく見受けるが、かつての若者たちも理由なく反戦集会などに参加したのではないはずだ。同じアジアのベトナムでは激しい戦争が起きており、返還前の沖縄はアメリカ軍の出撃拠点となっていた。学園紛争にしても同じ。一部大学の商業化や腐敗が深刻化していた。

「まず、僕たちの前の時代に生きた先輩たちの、やるせなさや切なさが根底にあったと思います。さまざまな積み重ねがあり、あの時代に若者たちの怒りが爆発したのでしょう。もちろん、ベトナム戦争も大きかった。『いつまで、こんなことが繰り返されるんだ』という思いが強かった」

そんな若者たちの交流の場が、『パック・イン・ミュージック』(TBSラジオ)などの深夜放送だった。反戦や大学の問題について、リスナーたちが自由に語り合った。それでいて、硬い話ばかりがテーマになっていたわけではない。リスナーから寄せられるハガキには恋の話、自分の失敗談なども書かれていた。笑いを得ようとするハガキも少なくなかった。