往復書簡

津田大介より田原総一朗さんへ
「朝生」のような”メディアの解放区”はどうなっていくんですか?

2015.7.23 THU

言わずと知れたジャーナリスト、田原総一朗さん(81)。岩波映画製作所を経て、1964年に東京12チャンネル(現・テレビ東京)へ入社し、TVディレクターとして、"人間の本質に迫る"ドキュメンタリー番組を手がけ、映画監督も務めた。1977年よりフリーランスのジャーナリストとして深くて広いメディア活動を展開する。立場やメディアの手段は変われど、並外れた好奇心で、「人間とはなにか?」を突き詰めるその姿勢は変わらない。81歳となるいまでも、世の中のタブーに挑み続ける現役のジャーナリストだ。

テレビ、新聞、雑誌を舞台にジャーナリズムを展開する一方、Twitterのフォロワー数は65万人を超え、ニコニコ生放送などネットメディアでも熱弁をふるう。歴代の首相をはじめ政治家に進言をする一方、10~20代の起業家や活動家とも意見を交わす。

ジャーナリストの津田大介さんは、田原総一朗さんを "精神的な師匠"だと仰ぐ。テレビを中心にジャーナリズムの歴史を築いてきた田原総一朗さんに、インターネットを舞台にこれからのジャーナリズムを模索し続ける津田大介さんが迫る―――。(文・徳瑠里香/写真・岡村隆広)

メディア人生のなかで、28年続く「朝生」はどういう存在ですか?

田原さんは、1977年1月にテレビ東京(東京12チャンネル)を退職して以来、フリーのジャーナリストとして活躍されていますが、多彩な仕事がある中でも一番の功績は「朝まで生テレビ」(以下、朝生)を続けていることにあると思うんです。1987年に始まって今年で28年目となるわけですが、田原さんのなかで「朝生」はどういう存在に変わってきましたか?

一言で言うと「テレビの解放区」だと思っている。今は、昔に比べてテレビ局がコンプライアンスを守ると言って、みんな無難な番組を作ろうとしているからね。コンプライアンスという言葉は、企業が法律やルールを守る遵法精神を意味するけれど、テレビ局の場合、クレームが来ない番組を作るということ。そんななか「朝生」は、コンプライアンスに関係なく、むしろクレームが来るから面白い、と思ってやってるからね。クレームが来たら、僕も自ら出ていって話を聞いて抗議をする。

田原さんは今年81歳で、まだまだお元気そうで何よりなんですが、朝生はいつまで続けるつもりですか? 雑誌の連載や「激論クロスファイア」などの番組ほか、いろいろなメディアで発信をされていますが、やっぱり田原さんにとって朝生は特別な存在であるように思います。例えば、テレビ局から「もういい加減終わったほうがいいんじゃないか」というようなことを言われたことはありますか?

何度か言われたことはあるけれど、なんとか生きてる。僕は、30周年はやると思う。あと2年。30周年はやって、あと何年やるかはその時に考える。

朝生が僕にとって特別な存在というより、固定客が100万人くらいいる、ということが大きい。朝生を夜中にリアルタイムで見てくれているお客さんが2.5%、視聴率1%=40万人だから、100万人以上はいる。加えて、昼間にVTRで見てくれる人が2%くらいいるから、全体で200万人くらいは視聴者がいるからね。

パネリストの本音に迫る、独自の進行スタイル

朝生での田原さんの司会は、パネリストの話を途中で遮ることもあり、独特だと思うのですが、あのスタンスはどうやって生まれたんでしょうか。

まず、僕は自分のことを司会だと思っていない。もともとテレビ東京でディレクターをやっていたから、今でも「表に出るディレクター」だと思っている。途中で人の話を遮るというのも、僕は遮っているつもりはない。

僕が表のディレクターとして司会役をするときの基本方針には3パターンある。1つは、本音を言わせること。特に政治家は本音を言いたがらないから、あえて突っ込みを入れて本音を聞き出す。2つ目は、論理的で理解できる発言をしてもらうこと。文化人や学者は、話している間に自分でも何を言っているかわからなくなるときがある。だから、「そうじゃないでしょ、あなたの言いたいことは」ということを伝える。3つ目は、思想や信条が異なる意見を認めること。私の意見と違うから話を聞かないということは絶対にない。面白ければいいんだよ。

僕は討論をまとめる気はまったくない。僕なりに構成を一応作るんだけど、本番では全部ぶち壊す。構成通りにいったらつまらないから。

僕が初めて朝生に出演した2011年2月は「アラブの春」真っ只中のタイミングで、「激論! 日本は本当にダメな国なのか!?」というテーマで討論をしたんですが、田原さんから突然、「津田さんは、憲法や天皇についてどう思うの?」と聞かれて、面を食らったことを今でも覚えています。想定外でうまく答えられなくて反省したんですけど、自分にとってはすごく大きな投げかけでした。田原さんは、朝生中、どんなときにしめしめと思うんですか?

やっぱり相手が答えに困って、混乱したときはしめしめと思うね。もともと1986年に「朝生」を企画したとき、プロレスの言葉を用いて「無制限一本勝負」をやりたいと思っていた。本当は、1対1で討論をして、政治家が言い負かされて政治生命が終わるとか、学者が言い負かされて学者生命が終わるとか、そういう命がけの討論番組を作りたいと思って始めたんだよ。

テレビの解放区として、タブーに挑む

朝生は結論を出すための討論ではないわけですが、社会に対する田原さんの投げかけも含めて、朝生が示してきたメディアとしての価値は何だと思いますか?

いろいろあると思うけど、ひとつは、タブーとされている問題をあえて取り上げて、切り込むということでしょう。印象的だったのは、1988年の秋の討論。9月に昭和天皇の御病気が悪化し、重体であることが報道された。世の中が自粛ムードになっていた時期に、僕はあえて「天皇論」に切り込みたかった。当時のテレビ朝日編成局長だった小田久栄門に持ちかけると当然「絶対無理だ」と大反対。当時の日下雄一というプロデューサーが何度も粘ってもなかなか「うん」と言わない。ちょうどその頃はソウルオリンピックが開かれていたので、日下が「オリンピックと日本人」をテーマにして、そこから天皇の問題に議論が発展するのは自然な流れじゃないかと、アイデアを出した。

そこで、僕も同行して、小田にこう言った。「『朝生』は夜中の生放送番組だから、小田さんは寝ているはずだし、仮に中身が途中で変わってもどうすることもできない。編成局の責任にはなりませんよね」。小田は「俺をだます気か?」と言いつつ、念を押すと最終的には、わかっていながらリスクを負って黙認した。

表向きのテーマはもちろん「昭和63年秋 オリンピックと日本人」。当日はオリンピックに出た選手らを呼んで30分くらい討論をしたところで、僕が「今日はこういうテーマで討論をする日だろうか、やっぱり天皇論をするべきじゃないか」と言い出した。CMの間に、予め用意をしておいた天皇論を語るパネリストをスタジオに招き、昭和天皇の戦争責任について討論をした。戦後、昭和天皇の戦争責任を追及したのは、テレビでは初めてのことだった。

すると視聴率は3.2%まで上がり、普段の3倍以上に。予想以上に視聴率が高かったため、小田に「だまして申し訳ない」と謝りに行ったら、「大みそかにもう1回天皇論をやろう」と言われたよ。大みそかの放送はなんと、視聴率が7.5%に達した。当時の朝生はひとつの社会現象とも言えたかもしれない。タブーを扱うという文脈では、この時代もいまでも「テレビの解放区」というわけだ。

だからこそ、朝生に出るのが怖いというパネリストも多いのではないでしょうか。安全保障法制の議論の最中にある2015年6月26日の放送では、与党議員が直前に出演をキャンセルしました。

若手の政治家に出てほしくて、30人以上に当たったのに自民党はみんなキャンセル。一度OKが出た議員も番組放送直前に「体調が悪くなった」とドタキャンした。怖かったんじゃない? 今メディアに出れば、当然安保法制の話題になる。安保法制で失言をしたら、政治生命がなくなるから。上からも出るなと言われているんでしょう。自民党が出ないなら公明党も出ない、と。

メディアは批判をするだけでなく、対案を示す必要がある?

安保法制を巡って国会が95日間も延長(収録後、強行採決)されて、野党をはじめ自民党を批判しているわけですが、反対するだけでなかなか対案が出てこない。あらゆる問題においてそうだと思うんですが、メディアはそういった場合に対案を示す必要があると思いますか?

僕は対案を出す必要があると思う。僕は歴代の総理大臣、海部俊樹、宮澤喜一、橋本龍太郎という3人をインタビューで切り込み、結果、失脚に追い込んだことがある。そのときに、「こんなことをやっていても仕方ない」と深く考え込んだ。僕は失脚させようとしてインタビューをしたわけじゃない。権力者を過大評価していて、僕らが批判をして突っ込めば、対案が出てくると思っていた。けれど、対案は出ることなく、首相が失脚してしまう。それ以来、権力者に突っ込んでいくときは、批判するだけではなく、こちらも対案を出すことにしている。

例えばその後、こういうことがあった。2001年4月、森喜朗首相の後継を選ぶ自民党総裁選が行われる直前に、自民党の中川秀直に食事に誘われた。そこで「小泉純一郎が総裁選に出ようか迷っている。田原さんはどう思う?」と相談された。「それは小泉さんの勝手だよ」と思いながら、僕は冗談でこう言った。「もし小泉さんが田中派の経世会を真っ向から批判するのならば、支持してもいいよ。今までの首相はみんな経世会に全面的に支持された人だから、自民党と言っても結局田中派だから」。すると、中川が「本人に直接言ってくれ」と電話をして小泉を呼び出した。「あなたが田中派・経世会をぶっ潰すというなら、僕は支持するけど、殺されるよ」と僕が言うと、小泉は「命をかける」と答える。「経世会をぶっ潰す」と唱っても国民はウケないと思っていたら、小泉は「自民党をぶっ潰す」と言い換えた。小泉は言葉の天才だと思ったね。

それから、こういう進言をしたこともある。第二次安倍政権が発足する直後に安倍晋三首相に会ったので、「あなたの趣味は、おそらく右翼だと思う。だけど、いやしくも総理大臣になったら、趣味はやめたほうがいい」と。安倍首相は苦笑いしていたね。

メディアってなんですか?

今回、「朝生」、そして政治とメディアについて話を聞いてきましたが、最後に、田原さんにとってジャーナリズム、そしてメディアとはなんですか?

ジャーナリズムっていうのは官邸を刺激することだと思う。政治権力をチェックする、という機能を果たすもの。メディアってのは媒介でしょう。ただそれだけ。そんなに難しいことじゃないよ。

インターネットによってあらゆるものがメディア化するなかで、朝生のように、正解を示すのではなく世の中に問いを投げるメディアの重要性を感じます。

でも、やっぱり朝生にしてもクロスファイアにしても、田原さんだからこそできるんじゃないかと思ってしまいます。仮に田原さんがメディアを離れたとしたら、"解放区"はなくなってしまうのではないかと。

そういうメディアは津田さんが作るんですよ。

ありがとうございます。僕もまだまだこれから、がんばります。