【戦後70年特別企画】
元零戦搭乗員たちが見つめ続けた「己」と「戦争」【後編】

『零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争』著・神立尚紀インタビュー

1940年の採用当時、世界最高の能力を備え、無敵を誇った日本海軍の名戦闘機「零戦」。その栄光と悲劇を、神立尚紀氏は1995年から20年間、取材しつづけてきた。それは「残された時間」との闘いでもあった。高齢化する元搭乗員たちの貴重な証言から著作を紡ぎあげたその軌跡を、神立氏が語る。

<前編>はこちら⇒http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44279

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復元された零戦と大原亮治さん(三菱重工小牧南工場史料室にて)(写真/神立尚紀)

―大原さんはどのような方ですか?

大原さんは、小町さんに紹介いただいたんです。その日のインタビューが終わって帰ろうとしたら、例の「なんだ、もう帰るのか」に続けて「もう少ししたら大原が来るぞ」と言うんです。小町さんが大原さんを呼んでくれていたんですね。

大原さんと言えば、伝説のパイロットです。戦後は海上自衛隊を経て航空振興財団で操縦教官を務めた方で、スタンダードパイロットという、教官を指導する教官の資格、これは当時、日本に4名しかいなかったんですが、その資格を持っていた人なんです。そんな方に会わせていただけるというのですから、これほど嬉しいことはありません。二つ返事で「ぜひお目にかからせてください」と答えて対面を果たせました。

ところが、大原さんにこちらの取材意図を説明して、インタビューをお願いすると、すぐに「今からじゃ遅いよ」と断られました。たしかに当時ですでに司令クラスの指揮官や古い搭乗員はほとんどが亡くなっていて、私が会える元搭乗員は飛行長以下の若手士官か下士官ばかりになっていました。それでも自分にできる範囲で取材を進めようと決心していましたから、再度お願いして、じつは私は宮野善治郎の後輩ですと話したんです。

大原さんは第二〇四海軍航空隊で宮野大尉の部下でした。この自己紹介は効果てきめんで、それじゃ断れないじゃないか、ということになり自宅でのインタビューの約束をとりつけることができたんです。