自由に物が言えなくなったとき、戦争は始まる
ジャーナリスト田原総一朗、戦争体験を語る(3)

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1945年の夏休みが明けて、2学期が始まると、すべての価値観がひっくり返った。しかも、一度ならず二度までも……。田原総一朗さんのジャーナリストとしての「原点」を語っていただきました。そして、戦争体験者だからわかる、現在の「危うさ」とは?

(聞き手:堀 潤)

 価値観が180度ひっくり返った

――玉音放送は8月15日ですから、学校は夏休み中でしたよね。2学期が始まって、学校はどう変わりましたか?

これが大変だった。先生が、1学期まではこの戦争は「正戦」である、アジアの国々を解放するための正戦であると言っていたが、実はあの戦争は間違いの戦争で、悪い戦争だった、「侵略」と言うんだそうだ、と。

――同じ先生ですか。

そう、同じ先生。校長も含めて、あれは悪い戦争であったという。1学期まで英雄だった東条英機なんて人は、戦争責任者、犯罪人だと。つまり価値観が180度、ドーンと変わるんですよ。

そして、2学期の終わりころになったら、今度は1学期までおしりを叩いていた教科書を、墨で消していく。これは、子供心なりに「どうも大人たちがもっともらしい口調で言うことはあんまり信用できないな」と思った。それから、「どうも国というのも国民を裏切るんだな」とも思いました。

先生たちは、「戦争は悪いんだ」「戦争というのはやっちゃいけないことなんだ」、だから「もしも戦争が始まるようなことがあったら、君たちは体を挺して、戦争を阻止しろ」と教えるようになったわけね。

ところが、高校に入ったら、また言うことが変わったんです。実は僕らから新制高校の第1回生ですが、ちょうど朝鮮戦争が始まった。そこで「戦争反対!」と言ったら、「お前ら共産主義者か」と。また変わった、言うことが。

そういうことを二度も体験して、どうも大人たちがもっともらしい口調で言うことは信用できない、国も国民を裏切るな、と。