社会を変えるには「山の中腹にある山小屋」が必要? コミュニティの価値がわかる起業家は“現状を疑い行動する”

2015.7.23 THU

「ぼくらのメディアはどこにある?」という企画のひとつの軸が「メディア化する場所」に決まってから、「これはメディア的だろう」という場所がいくつか頭に思い浮かびました。今回取り上げる、「Impact HUB Tokyo」もそのひとつ。過去に何度かイベントで訪れたことがあったのですが、この場所には同じ価値観をもつ人が集まり、つながり、社会に向けた価値を生み出していると思ったからです。

Impact HUB Tokyoは、2013年2月に開設した、社会的にインパクトを生み出そうとする起業家やチェンジメーカーのコミュニティ。「Impact HUB」自体は2005年にイギリス・ロンドンではじまり、世界73ヵ所に存在し、のべ1万人を超えるネットワークとなっています。そして、目黒の印刷会社跡地にできたこの場所では150名以上のスタートアップ起業家や企業内起業家、フリーランス、アーティストなどさまざまな人材が集まり、出会い、コラボレーションの創発が生まれる場となっています。

今回訪れてみると、まず目に入ってきたのは、壁に書かれた「Questioning + Action = Impact」というメッセージ。これは以前訪れたときにはなかったものです。Impact HUB Tokyoでは3年目を迎え、より社会にインパクトを生み出していくには、既存や現状を疑い、行動することが重要であることを、これまでにも増して打ち出しています。

いま、Impact HUBというグローバルなコミュニティは、東京においてどのようなかたちで浸透しているのでしょうか。社会的なインパクトを生み出す、熱量の高い場のつくり方、コミュニティ参加やムーブメントへの巻き込み方など、これからのメディアに欠かせない人や場のもつ役割や価値について、株式会社HUB Tokyo代表取締役の槌屋詩野さんにお話を聞きました。前編では、Impact HUBとはなにか、Impact HUB Tokyoの成り立ちについてお伝えします(文・佐藤慶一/写真・岩本良介)。

Impact HUB Tokyoは「山の中腹にある山小屋」

――今回、Impact HUB Tokyoを「メディア化する場所」として捉えたのは、既存のメディアのように情報発信するだけの機能・役割ではなく、人と人をつなげ、コミュニティを持ち、参加者同士のコラボレーションが生まれる場所そのものがメディア的だと感じたからです。そもそもImpact HUB Tokyoをメディアとして考えることはできるのでしょうか?

槌屋:まず、Impact HUB Tokyoをメディアと捉えていただいたのは嬉しいです。ここには自らの熱量や意志で動く人たちが、共感者を巻き込み、日々コラボレーションが生まれています。「人が媒介になっている」という意味では、メディアとして捉えることができるのかもしれませんね。

――Impact HUB Tokyoをより深く知るために、「Impact HUB」自体の成り立ちを教えてください。

槌屋:Impact HUBは2005年、イギリス・ロンドンではじまった、グローバルなコミュニティでありネットワークです。そして、Impact HUB Tokyoを開設したのは、2013年2月のこと。NPO法人ではなく、株式会社として、7名のメンバーで運営しています。では、そもそもImpact HUB Tokyoを通じてなにをしようとしているのか。これについては「メディア化する場所」というテーマにつながると思います。

「Impact」と頭に付いているのは、社会に影響を与えることを目指しているからです。そのためのやり方はいくつかあると思いますが、事業や組織をつくって活動しようとするとき、どうしてもリーダーが一人でやろうとしてしまうことがあります。また、ロールモデルになるような人――いまでは起業家と呼ばれる人たちなのかもしれませんが――を探して、それを目指し、その人のやり方で社会に影響を与えようとする。そういう話はごく一部の人はできるかもしれませんが、普通の人にとってみればとても遠い話です。

株式会社HUB Tokyo代表取締役の槌屋詩野さん

――ロールモデルではないとすると、社会に影響を与えるためにはなにが求められるのでしょうか?

槌屋:ロールモデルを目指すよりもむしろ、社会を変えるためには、みんなで協力して、少しずつ動いていくムーブメントが求められるのではないかと思います。ムーブメントを生み出すためには、一人ではなく二人で山を登っていくことが必要であり重要です。Impact HUB Tokyoが一体なんなのかを表現するときに、「山の中腹にある山小屋」と例えることがあります。

「山の向こう側にある世界を見てみたい」「そこでは、なにか違うイノベーションが起き、社会システムが大きく変わっているのかもしれない」――そんな次の社会のかたちを見たいから、山を登っていくわけです。しかし、一般の人からすれば、山の麓で楽しく暮らせばいいから、山を登る人を見て「気が狂っている」と思うかもしれません。それでも、次の社会が見たい私たちは山を登らざるを得ないんです。

一人よりも二人のほうがさらに先に登ることができます。たとえ疲れたとしても、困難があったとしても、私たちのような「山の中腹にある山小屋」があれば、休息をとったり、お互いによかった道などさまざまな情報を共有できます。挑戦している人が集い、プラクティスをシェアする場所があることで、次の山に向かう人がもっと増えるのではないかと考えています。

そこで、社会に変革を起こす起業家コミュニティとしてのImpact HUB Tokyoが必要になるのです。いま、Impact HUBは世界73ヵ所で開設され、1万人以上のネットワークとなっています。東京では150人のメンバーがいますが、みんな社会的なインパクトを生み出そうとしている「起業家」です。日本では起業家というと会社やNPO法人を立ち上げた人を指しがちですが、英語では「アントレプレナー(Entrepreneur)」と言いますよね。これは起業家精神を持つ人――なにか事業をつくるとか、問題意識をもって動き出した人など――をすべて指します。だから、たとえフリーランスでも、アーティストでも、確固たる問題意識をもっていることがなにより重要になるのです。

Impact HUB Tokyoに集まる約150人のうち、プロフィールを出していいという人については壁に情報を載せています。起業やシェアスペースというと若い人が多いイメージがあるかもしれませんが、平均年齢は33歳くらいです。この理由はおそらく、一定のキャリアを積んでから他分野・他業種の人たちとコラボレーションしないと、自分の目指すものが達成できないとわかっている人たちが集まっているからだろうと思っています。

入口近くの壁には一部メンバーのプロフィールや思いなどが掲載されている

現状を疑い、アクションを起こし、社会にインパクトを与える

――コラボレーションしたい人たちが集まり、コミュニティを形成しているということですね。

槌屋:そうです。ここに集まる人は、コミュニティの価値を理解しています。各分野である程度ポジションを築いている人たちが多いことに加え、外国人の方も15%くらいいて多様です。どのメンバーもギブ・アンド・テイクの精神をもっているので、それぞれの分野で知恵を共有しあい、学び合うセッションもおこなわれています。とはいえ、全員が起業家というわけではなく、エンジニアもいれば、花屋さんもいる。ワークショップをおこなう人もいれば、アーティストやライターもいる。オープンして2年4ヵ月経ちますが、私たちも知らないところでメンバー同士がコラボレーションして、プロジェクトをおこなうこともあるようです。

フリーランスもいれば、GoogleやYahoo!、電通など大企業の人もいます。企業に属している人は、本業で活用する人もいれば、土日に余暇的に利用するケースもあります。異業種、異分野、異形態の人たちが、集まり、つながる。それでも、ここにいるメンバーが共通しているのは、同じ価値観をもっていることなのです。

イベント風景(写真提供:Impact HUB Tokyo)

――社会的にインパクトを与えることが、共通の価値ということですね。

槌屋:そうです。たとえば、この建物の外壁には「Questioning + Action = Impact」と書いています。これは、この2年を振り返ったときに、自分の活動や自分が置かれた環境に対して疑問をもつことが大事だと感じて書き加えました。なんでこういう社会問題がいまでもあるんだろう。どうしてこの課題は起こるんだろう。そうやって現状を疑い、アクションを起こし、社会にインパクトを与えようというメッセージです。

活動のひとつとして、私たちは、2013年から起業家育成プログラム「Team360」を運営しています。これは、少数精鋭の起業家ブートキャンプで、偉大なロールモデルに話を聞くのではなく、お互いが切磋琢磨するプログラムです。仲間といっしょに現状を疑い、自分たちで道をつくるためのアクションをしていくことで、点ではなく面で社会全体をシフトできるのではないかと考えています。

また、Impact HUB Tokyoでは、ワークショップやフューチャーセッションが頻繁に開催されます。メンバー自らが場のつくり手になり、相互信頼のうえでプロジェクトをおこない、お互いの事業や活動に疑問を投げかけ合うこともあります。そんな場って、普段なかなかないじゃないですか。ほかの場であれば、市場や収益化などお金のことが話題の中心かもしれませんが、ここでは活動の本質に迫るようなことを聞き合うので刺激になったり、考え直したり、ブラッシュアップするきっかけにつながります。

――メンバー同士が疑問を投げかけ合ったりするのは、自然発生的に起きるものですか?

槌屋:自然発生で起きることもあれば、こちらから仕掛けることもあります。ワークショップやフューチャーセッションなどは私たちなりのやり方であり、ほかの場所では全然違うことをやっているのかもしれません。Impact HUB Tokyoは熱量や意思で動く個人を集め、それに共感する人たちを巻き込む部分できっかけや媒介として機能していると思います。そういう意味ではメディアという役割を果たしていると言えるでしょう。

普段のスペースの様子(写真提供:Impact HUB Tokyo)

オンライン・オフラインで世界中のメンバーたちと対話できる

――それが世界中にコミュニティとして、ネットワークとしてどんどん拡大しているわけですよね。世界中に広がるImpact HUBはそれぞれどういった関係性をもっているんですか?

槌屋:いまでは世界で73ヵ所にImpact HUBのネットワークは広がっています。それぞれが独立した投票権をもっていて、私たちも一票を持っています。その一票を投じることで、全体のガバナンスを保つという仕組みです。たとえば、新しいImpact HUBが立ち上がるときや新しいプロジェクトをはじめるとき、全体としてどういう方向性で行くのかなどさまざまな意思決定の場面で投票があります。

また、年に2回、ギャザリング(集会)があり、世界中のImpact HUBのファウンダー(設立者)やメンバーが集まります。当初は、それぞれのプラクティスをシェアするという場でしたが、いまではそこにカンファレンスの機能も設けています。今度は、課題解決に向けて集団や組織が新たな未来を創造するためのリーダーシップ能力をどのように開発するのかを研究したU理論のチームが来るそうです。プラクティスの共有に加え、Impact HUBのファウンダーたちの学びの場にもなっています。

Impact HUB同士のコミュニケーションについては、「HUB Net」という独自のSNSを用いておこなっています。そこでは、たとえば、アフリカではもっとローカルな人たちにお金やノウハウを投下しないといけないとか、ベネズエラの首都カラカスでは外を出歩くこと自体が危ないとか、各地の現状を把握したり、なにかサポートできることがないかコミュ二ケーションし、動きにつなげることもあります。オンライン・オフラインで世界中のメンバーたちと対話ができることも、Impact HUBならではの価値だと思います。

槌屋詩野(つちや・しの)
株式会社HUB Tokyo共同創設者&代表取締役。国際協力NGO勤務を経て、シンクタンクにて環境・社会的責任投資分野で事業プロデューサーとして活動。その後、途上国および欧州で日本企業のソーシャルビジネスを担当する。2012年より東京に戻り起業し、ソーシャル・スタートアップのコミュニティ、Impact HUBの東京拠点「Impact HUB Tokyo」を設立。2013年より起業家育成プログラム「Team360」や海外からの起業家プログラムを担当、年間数十名の起業家たちの最初の一歩を踏み出す手伝いをしている。 http://hubtokyo.com/