読書人の雑誌『本』
若者が短歌に親しむ時代!?
「サブカルとしての短歌」が今おもしろい!

ハイテンションな歌・賞味期限の歌・殺意の歌……

サブカルとしての短歌

photo iStock

(文・穂村弘)

なぜ若者が短歌に親しむようになったのか?

ぼくの短歌ノート』では、「ゼムクリップの歌」「賞味期限の歌」「ハイテンションな歌」「高齢者を詠った歌」「殺意の歌」などのテーマごとに、気になる短歌を集めてあれこれ考えてみた。引用歌は、近代の与謝野晶子や斎藤茂吉の名歌から現代の中学生の投稿歌や九十代の高齢者の作品にまで亘っている。

「短歌? 短歌って何ですか。初めて聞きました」という日本人は、ほとんどいないだろう。日本最古の文芸ジャンルとしての伝統があり、現代でもほとんどの教科書に作品が載っているし、新聞にも必ず短歌欄がある。百人一首のカルタで遊んだ経験のある人も多いだろう。

だが、それ以上の興味をもつとなると、一気に少数派になってしまう。存在は知っていても、現代人の大多数は短歌なんて自分とは無関係だと思っている。なんとなく高級そう、優雅そう、面倒臭そう、古臭そう、というイメージが敷居を高くしているのだろう。伝統や格式が裏目に出ているのだ。

ところが、近年、その風向きが変わってきたように思う。ツイッターをはじめとするネット上の場で短歌が飛び交い、現実世界でも、ここ数年ほどの間に数十の大学に新たに短歌会ができた。私の学生時代には考えられなかった現象で、不思議な気持ちになる。若者が短歌に親しむ時代が来るとは・・・。

個人的な意見では、これは花火大会やお祭りの時に浴衣を着る若者が増えたようなものではないだろうか。

かつては誰もが着物を身につけていた。でも、その後洋服の時代になって、着物は、なんとなく高級そう、優雅そう、面倒臭そう、古臭そう、というイメージになっていた。

ところが、さらに時代が下ったことによって、そういうイメージそのものが薄れてしまったのだ。現代の若者たちにとっての浴衣は、外国人が憧れる着物ならぬキモノのようなものなんだろう。