現代新書
精神科病院准看護師が
患者の頭を踏みつけ、首の骨を折る
異常虐待の闇が明るみに!【前篇】

精神科看護師の暴行を報じたテレビ朝日報道

先月、山口県下関市の知的障害者福祉施設で、施設職員が利用者を平手打ちして暴行容疑で逮捕されて物議を醸したが、今度は精神科病院の虐待事件が明るみに出た。

事件が起きたのは2012年1月。千葉県警によると、千葉県中央区の精神科病院「石郷岡病院」の准看護師2名は、同病院保護室で男性入院患者の着替えを介助する際に、顔をひざで押さえたり、顔を蹴るなどの暴行を加え、首の骨を折る重傷を負わせた。この時に与えた怪我が原因で、この男性患者は2014年4月に、肺炎で呼吸できなくなり死亡した。

事件発生から3年が経過し、2015年7月8日、同県警はようやく准看護師2人を傷害致死容疑で逮捕した。暴行の一部始終を撮影したビデオ映像があったにもかかわらず、驚くほど司法の動きは鈍かったのだ。

局面を打開したのは、読売新聞医療部の佐藤光展記者だった。

同記者は、精神医療をテーマにした調査報道で高く評価される医療ジャーナリストで、いち早くこの問題を取り上げ、読売新聞紙面やネット連載で繰り返し、この事件を取り上げた。こうした地道な取り組みが実を結び、テレビ局が相次いでこのビデオを放映したことで、事件が社会問題化し、ようやく捜査が本格化した。

ごく普通の大学生だったこの男性が、なぜ精神科病院に長期入院し、暴行の末、命を失うことになったのか。佐藤光展記者が書いた『精神医療ダークサイド』(講談社現代新書)の調査報道をもとに、事件の一部始終をレポートする全2回)。


この事件には、単に病院職員の患者虐待に留まらない、根深い問題が内在している。薬物治療に極度に依存した日本の精神医療では、こうした悲劇は氷山の一角にすぎない。

しかし閉鎖的な精神科病院では、薬漬け医療や患者虐待が表に出ることはほとんどない。残念ながら、程度の差こそあれ、この事件に似たような悲劇が日常的に繰り返されているのが、日本の精神医療の実態なのだ。

被害者の名は、ユウキさん(仮名)としておこう。ユウキさんが隔離された部屋に設置されていた監視カメラは、看護師の暴行行為の一部始終を撮影していた。

ビデオ映像を見ると、激しく踏んだり蹴ったりしているように見える。暴行を受けた時、ユウキさんは床にあおむけに寝かされていたが、彼の首は以前飲んでいた薬の副作用であごが鎖骨のあたりにつくほど前傾し、頭部が浮き上がっていた。そこを強く踏みつけられたらどうなるのか。ビデオ映像はYouTubeで公開されているので、確認していただきたい(映像はユウキさんの姉のブログでも見ることができる)

→暴行行為を撮影したビデオ映像(オリジナル)

→ユウキさんの姉のブログ

なぜ、大学生になるまで精神科とは無縁だったユウキさんが精神病院に長期入院することになったのか? 以下、『精神医療ダークサイド』の記述を引用しながら振り返ってみたい。


ユウキさんが精神科で治療を受けるようになったのは、大学3年の時だった。東京の有名大学で社会学を学び、将来は報道関係の仕事に就きたいと考えていた。とはいえ勉強一筋だったわけではなく、テニスサークルに所属して大学生活を楽しんでいた。

ところが3年の春、独り暮らしをしていたアパートに突然引きこもった。

両親が異変を察して部屋を訪れた時には、何も食べずガリガリにやせて布団に横たわった状態だった。驚いた両親は実家に連れ戻した。引きこもりの詳しい原因は不明だが、ユウキさんと電話でよく話していた姉は「恋愛や交友関係で悩みを抱えていたようです」と話す。
 
ユウキさんは実家で次第に元気を取り戻した。運動をしたり、図書館に通ったり、飲食店でバイトをしたりした。まもなく通学も再開したが、両親の心配は消えず、片道4時間かけて実家から大学に通うことになった。

この遠距離通学が再び精神的消耗につながったのか、3年の夏、家族に相談もなしに退学届けを出した。その直後から抑うつ状態が顕著になった。「一日中ボーッとして魂の抜け殻のようでした」と母親は振り返る。

抗うつ薬の服用で運命が暗転

近くのI精神科病院(以下、I病院と表記)を受診し、抗うつ薬パキシル(神経伝達物質セロトニンの再吸収を阻害してセロトニンを増やす抗うつ薬SSRIの一種)が処方された。飲み始めて2ヵ月、向かいの家の引越し作業をしていた運送会社の男性をいきなり殴って軽傷を負わせた。ユウキさんは自分で通報し、警察に行った。調べを終えて実家に戻る途中、両親に「寂しかったんだ」と漏らした。
 
ユウキさんが飲んでいたパキシルは、衝動性を亢進(こうしん)する副作用が報告されている。特に若い人が服用する場合は要注意とされる。添付文書の一部(「重要な基本的注意」の一部)を抜き出してみよう。
 
不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性(いしげきせい)、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等があらわれることが報告されている。また、因果関係は明らかではないが、これらの症状・行動を来した症例において、基礎疾患の悪化又は自殺念慮、自殺企図、他害行為が報告されている。

ユウキさんの行動について、東京の西部にある精神科病院の薬剤師は指摘する。

「賦活症候群(アクチベーション・シンドローム)の可能性が考えられます。パキシルは確かに高い抗うつ効果があってよいのですが、代わりに衝動性が高まる賦活症候群のような副作用が起こり得ます。『パキシルは効くから』と安易に処方する医師が多いのですが、他のSSRIとは違った薬物動態であることを知るべきです。

薬は通常、飲むと血液中の成分の濃度が上がっていきます。これは『線形モデル』と言って、薬の量と濃度が比例関係になります。ですが、パキシルは『非線形モデル』のため比例関係ではありません。薬を少し増やしただけでも、人によってはものすごい量の血中濃度になることがあるのです。すると場合によっては、脳のセロトニンを刺激して衝動性が増すと考えられます」
 
ユウキさんの暴力行為がこの副作用にあたるとは断定できないが、それまでの穏和な性格から考えると、あまりにも唐突で自滅的な行動だった。

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