「自分の意見を伝えられる子どもに育てる」
【第14回】「自発的に学ぶ子ども」に育てるにはどうすればいいか

〔PHOTO〕iStock by gettyimages

意見を持つためには、ある程度の暗記が必要

「自分の意見を持つ」「自分で考える」というと、文字通り"考える"ことだけに目が行きがちです。つまり、新しい情報を学ぶことなく、その場でウンウン考えようとしてしまいます。ですが、それでは自分の考えが出てこないこともあります。

「考える」という行為は、自分の中にあるデータ・知識を使い、そこから新しいものを生み出すプロセスです。ですから、何もデータ・知識がなければ、その事柄について考えることなどできません。まったく知らないことついて「あなたの考えは?」と聞かれても、何も答えられませんよね。判断するための情報がないので、当たり前のことです。

また、「考える」ことと「暗記する」ことは真逆だと思われがちです。「暗記=何も考えていない」と捉えている人は多いのではないでしょうか。ですが、人間は比較の動物です。参考材料や参照する情報が何もない状態で考えることは相当に難しいことです。

考えるためには参考材料が必要で、自分の意見を持つためにも比較材料、検討材料が必要です。それらの材料が自分の中になければ始まりません。つまり覚えていなければいけないのです。

「そんなことはない、今はインターネットで検索すればすぐにデータを調べられる。暗記なんてしても意味はない」

こういう反論もあるでしょう。しかし、それは違います。比較する対象があるから、参考データを知っているから、そこから何かを感じることができるんです。"まっさら"な人が何かを思い付くのは、発明と一緒です。エジソン級の天才ならまだしも、一般の人には難しい芸当です。

前にも書いたように、意見を持つためには、比較することが有効です。つまり、何かの意見を持つためには、参考データや比較対象、類似案件がとても有効なんです。それを知らずに"ゼロ"から深い意見を持つというのは、かなり難易度が高い作業です。

背景やデータを詳しく知らなくても、なんとなくなら意見を持つことができるかもしれませんが、"妥当な意見"は出てこないでしょう。妥当な意見は、その時々の状況や過去の事例などを知らなければ出せないものです。

たとえば、これからの教育について考える時、誰かが「多様性が少ないから日本人は考えが偏る。子どもの留学生をたくさん受け入れて、クラスを国際的にすればどうだろうか?」と発案したとします。

なるほど、たしかに言われてみればそうですね。ヨーロッパやアメリカでは、子どものころから多様な人種が同じ教室で一緒に授業を受け、生活をしています。そういう環境では自然といろいろな意見があることを知り、自分と意見が異なる相手を受け入れることができるようになるのでしょう(ぼくはそういう環境で育っているわけではないので、あくまでも推測です)。

では、その「子どもの留学生をたくさん受け入れる」という案について、どう思いますか?

多くの人が「なんかよさそう」と感じると思います。しかし、これは現実的な課題なので、実現性がなければいけませんね。現実に実行できなければいけないわけです。では、もう一度聞きます。この案について、どう思いますか?

目的は、子どものうちから多様性を身につけることです。そのためには、クラスにいる子どもたちが「みんな違う」という状態でなければいけません。クラス35人の中で1人2人の留学生がいても意味はありません。「日本人の子どもが半分以下」くらいの状況でなければ多様性は身につきません。

では、「クラスの半分が外国人留学生」とすることはできますか? 実現できますか? 実現する気があるかどうかではなく、現実的に可能でしょうか?

それを判断するためには、ある程度の基礎的なデータを知らなければいけません。クラスの半分が外国人ということは、日本人の子どもの半数を海外から呼んでこなければいけないということですよね。

現在、毎年100万人の赤ちゃんが生まれています。ということは、50万人の外国人を呼んでこなければいけないということです。

現在、日本に留学している大学生は、約14万人です。その3倍以上の子どもを呼んで来なければいけないんです。

現実的に可能でしょうか?

黙っていて向こうから勝手に来てくれるわけではありません。日本の魅力を伝え、理解してもらい、受け入れ態勢を整え、両親と離れて暮らす子が出てきたら寮を整備したり、ホームスティ先を探したりしなければいけません。場合によっては補助金なども必要かもしれません。

「諦めなければ夢は叶う!」と言ってごまかしてはいけません。そう言っていいのは実現させる方法を知っている場合のみです。

本題に戻ります。「日本人は考えが偏っているから、子どもの留学生をたくさん受け入れて、クラスを国際的にしたらどうか?」という案は、「子どもの半分以上を外国人にしなければいけない」としたら、現実問題として、実現はかなり難しいです。

そう考えると、この案は「筋がよくない」「妥当ではない」ということになりますね。もともとの子どもの数や外国人留学生の数、1人招き入れるのにどれくらいのお金がかかるかを知らなかったために「妥当ではない考え方」をしてしまったわけです。

もちろん、いろいろ調べて妥当性を判断するのもアリです。ただ、すべての可能性を順番に検証する時間はありません。それに、ある程度の前提知識、背景データを持っていなければ、課題を見つけることもできません。その課題に対して「こうすればいいのでは?」と解決の道筋を示すことができるのも、何らかの予備知識を持っているからこそです。それがなく、ゼロから考えることなど誰にもできません。

つまり、暗記は考える力の土台です。考えるためのカードです。手持ちのカードが少ない人と多い人とでは、どちらが考える力が大きいでしょうか?

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