「信念」を問われる政治家
『週刊現代』古賀茂明「官々愕々」より

〔PHOTO〕gettyimages

6月4日、憲法審査会でハプニングが起きた。参考人からの意見聴取で、与党が推薦した長谷部恭男早大教授が、集団的自衛権の行使を容認している安保法案を「憲法違反」と明言したのだ。もちろん、まともな憲法学者が違憲だと言うのは当たり前のことで、それ自体は何らニュース性はない。では、何故大事件として扱われるのだろうか。

実は、集団的自衛権を認めたいと考えるタカ派議員を多く抱える民主党や維新の党は、タカ派議員の反発を怖れて、違憲論議は形だけにとどめてきた。

一方、大手新聞も軽減税率の対象に新聞を入れてもらいたいという下心があり、政府に本気で反対することができない。そこで、そもそも違憲だという論調は弱め、今国会での成立を目指すのでは議論が不十分だという「拙速論」に傾斜していた。

このように、野党とマスコミの都合で「そもそも違憲論」がかすんできているという問題点は、私の6月1日付のツイッターでも指摘していたところだ。

しかし、与党推薦の学者が堂々と「違憲論」を述べたことで、民主も維新もこれを追及せざるを得なくなり、「違憲論」を前面に出し始めた。

ここで矢面に立つのが、中谷元防衛相だ。同相は、これまで「解釈の変更はもう限界に来ており・・・・・・」、「政治家として解釈のテクニックで騙したくない。・・・・・・『集団的自衛権は行使できない』と言った以上は、『本当はできる』とは言えません」などと、憲法改正でなく、憲法解釈を変更することで集団的自衛権行使を容認することには反対との立場を明確にしていた。今回、政治家としての『信念』を問われる形になった同相は、「昨年の閣議決定は、行政府による裁量の範囲内であると考えまして、私はこれをもって憲法違反にならないという考えに至っている」と自らの変節を正直に認めてしまった。

一方、これと好対照なのが、安倍首相の「ポツダム宣言」発言だ。同宣言は、太平洋戦争を日本が世界征服を目指した戦争であるとした上で、一部の軍国主義者を戦争犯罪者として糾弾する一方、一般国民を戦犯に騙された被害者だと位置づけている。侵略戦争だという位置づけについての認識を問われた首相は、同宣言の「その部分を詳らかに読んでいないので、論評は差し控えたい」と発言した。もちろん、その部分を読んでいないわけはないし、手元に同宣言がなくても、侵略戦争だという認識は、首相であれば、持っていなければならない。

しかし、首相は、これまで、「A級戦犯は犯罪人ではない」などと述べ、騙された国民よりも軍国主義者の側に立ってきた。それが首相の『信念』なのだ。後日、首相は、同宣言受諾の事実は認めたものの、自らの口から「侵略戦争」という言葉を発することはなかった。もちろん、戦犯が犯罪人だとも言わなかった。

『信念』を簡単に捨てた防衛相と、姑息に逃げ回りながら、外には言えない『信念』を隠し通そうとする首相。政治家として信頼できないのはどちらも同じ。こんな人たちに安保法制という『刃物』を与えたらどうなるのか、「侵略戦争」から70年経って、再び国民は騙されるのだろうか。

『週刊現代』2015年6月27日号より

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