学校・教育
国力の基本は幼児教育にある! 
子どもをお荷物扱いする日本に未来はない!?

Photo by iStock

家庭教育の様子も見抜かれる

先日、娘の通うシンガポールのインターナショナルプレスクール(幼児教育の学校)で三者面談があった。その直前に、ワイン通の有名ファンドのオーナーに彼が愛する希少な赤ワインと素敵なイタリアンをいただき、ほんわかいい気持ちになっていた私は「先生たちに幼児教育オタク化しつつある私の教育論をぶつけてみよう」と意気込み、娘の学校へ向かった。その後、娘の先生の能力の高さに目を見開かされることになるとはつゆしらず。

私を迎え撃つは、シンガポール人、フィリピン人、中国人という三人の若い先生。全員が見事な英語を話し、うち二人は完璧な北京語を話す。子育て経験があるのは中国人女性のみ。

学校での娘の様子から、家庭での様子を論理的に察したうえで説明が始まる。遠回しながら、親である私の愛情に敬意を表しながらも、娘を甘やかすことがいかに害になりうるかを諭される。娘が三人の先生に助けを求めることから、彼女たちは、家内が的確にしつけをしていることを察する。家内とは別の人物が、家庭内で家内の努力をぶち壊していることを想像し、論理的に説明してくれる。その人物とは、私のことである。

夫婦のしつけに一貫性と共通のルールがないと娘が混乱して、増長して、わがままになっていく。私が腹を立て感情的になって娘に立ち向かうようになれば、やはり娘は混乱し、天真爛漫さが失われていく。だからこそ、3歳になる直前の今から家庭内でルールをつくり、一貫性を持って、感情的になることなく冷静に、娘の身になって説明し、いかに自制心を植え付けていくかが勝負になる。

食事からスマホやタブレットのブロックまで、原理は同じである。うちの娘はなぜお転婆なのだろうと思っていたが、それは間違いなく私の一貫性のなさによることに気が付いた。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら