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あなたは大丈夫? 町村信孝 見逃された「死の前兆」
6月1日、逝去した町村信孝元衆議院議長 photo Getty Images

まるで別人だった

「衆議院議長を今年の4月に辞めたとき、やはり何だか元気がないな、と思ってはいたんです。以前は、会うといつも町村先生のほうから『おう』と声をかけてくれたんですが。それにしても、まさかこんなに早く亡くなるとは……」

自民党衆議院議員の平沢勝栄氏はこう語る。

安倍晋三総理の出身派閥でもある、自民党最大派閥・清和会の領袖を8年あまり務めた大御所、町村信孝前衆議院議長が6月1日に死去した。享年70、死因は田中角栄元総理や小渕恵三元総理らも患った「脳梗塞」だった。

5日に青山葬儀所で行われた町村家・自民党の合同葬では、祭壇に生前愛好したラグビーのボールが置かれ、若手から長老、OBまで自民党議員が続々と訪れた。そのひとりがこう証言する。

「亡くなる少し前に議員会館ですれ違ったんですが、足を引きずりながらゆっくり歩いていて、表情もうわの空のようでした。各社の番記者たちも『最近は町村さんにコメントをもらっても、あんまり使えないんだよなあ』とぼやいていました」

町村氏は、北海道開拓の功労者で「町村農場」創設者の町村金弥氏を祖父に、自治大臣を務めた町村金五氏を父にもち、自身は東大経済学部出身・通産省OBというサラブレッドかつエリート。健康な頃は自信家で知られていた。

「『オレは政界入りする前から帝王学を学んでいたんだ』と自負していて、言うなれば、肩で風を切って歩く人でした。

それに、国民の目に触れるところでは静かにしているけれど、町村さんは本来ああ見えてカッとなるタイプ。私も委員会の後なんかに『あの発言は何だ!』とよく怒鳴られたし、議論を吹っ掛けられたときには、まくし立てるようにして答えていたものです。

でも、一度倒れてからは、別人のように弱々しくなってしまった。何だかひと回り小さくなったような感じでした。タバコはもともと吸わない人でしたが、倒れた後も酒はやめられなかったようですね」(清和会所属の中堅議員)

自民党が総選挙で政権を奪い返す直前の'12年9月、町村氏は自民党総裁選挙に立候補を表明、同じ派閥の後輩である安倍総理と袂を分かち、勝負に出た。それまで何回も出馬直前で道を譲ってきた町村氏にとって、この総裁選は悲願を果たす最初で最後のチャンスだった。

しかし、投票日のわずか1週間前に倒れて入院。検査の結果、脳梗塞が見つかる。

脳梗塞はクセになる

ひとたび脳梗塞を起こすと、たとえ一命を取り留めたとしても、それが「クセ」になってしまう人は少なくないという。立川病院脳神経外科部長の矢﨑貴仁氏が言う。