「自分の意見を伝えられる子どもに育てる」
【第12回】コミュニケーションの責任を誰が負うか

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「人の話を聞ける人材」と「自分の考えを言える人材」

コミュニケーション力について、子どもに身につけてもらいたい能力は、各国で違うようです。

わかりやすいところで、日米で比較すると、日本では、相手の気持ちがわかる子に育ってほしい、ちゃんと話を聞く子になってほしいという意向が強いようです。

一方、アメリカでは違います。アメリカでは、自分がしてほしいことが何かを明確にいえる子になってほしい、自分の意見を言える子になってほしい、という意見が多いです。

言葉を変えると、情報の「受信力」を高めたいと思っている日本と、情報の「発信力」を高めたいと思っているアメリカ、とも言えるのではないかと思います。

これはもちろん、社会の中で醸成された"望み"で、どちらがいいということではありません。ただし、社会が多様化していくと、「話を聞くこと(情報を受信すること)」以上に「話を伝えること(情報を発信すること)」が重要になっていきます。

「受信者責任」か、「発信者責任」か

「木暮、時間があるときに、なんとなく春っぽい企画を検討してもらえるとうれしいなぁ、なんて。よさげな感じで」

これはぼくが企業勤めしていた時に、営業担当マネージャーから言われたフレーズです。そして、この話を受けて、"春っぽい"企画がなんかないかなぁと考えていました。

ところがその次の週の会議で、「木暮、あれどうなってる? できた資料見せて」と、企画書の提出を求められました。

まだ検討中であることを伝えると、「いったい何を聞いていたんだ!? どうなってるんだ、お前は?」と激しい口調で怒鳴られたのを覚えています。