電脳戦が羽生にもたらした人工知能への興味
G2レポート・棋士道 羽生善治「将棋の神」に極意を質す(その4)

発売中のノンフィクション雑誌『G2(ジーツー)』第19号に掲載後、大きな反響を呼んだ記事「騎士道 羽生善治」。ルポライター・高川武将が6度のロング・インタビューを通じて「羽生善治の本心に迫ろう」とした、文字どおりの「言葉の対局」です。原稿が予定の80枚を大幅に超える160枚に達したこともあり、誌面に載せきれなかった「後半」をおよそ2週間にわたって随時掲載していきます。棋士とルポライターの真剣勝負をご堪能ください(G2編集部)

▼羽生善治「将棋の神」に極意を質す(その1)~(その3)はこちらからご覧ください
 => http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43587
 => http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43595
 => http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43598

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(文・高川武将)

強いとは、弱いとは何か?

本来は全く関係のないもの同士がシンクロする瞬間は、唐突に訪れるものだ。

その日、私は、都内の閑静な住宅街にある民家の一室でマッサージを受けていた。ちょうどうつになった直後から、知人に紹介され通うようになった江上正威(まさたけ)先生の施術は、全身を解してくれる。その技術は天下一品で、肉体的にも精神的にも癒されるひと時である。

施術中はいろいろな話をするのだが、その日は、何の拍子か羽生の話になった。羽生は常にギリギリの均衡を保つことを考えている、それは他の棋士とは明らかに違う・・・・・・私がそんな話をしたときだ。

「あ、そう! それ、うちの稽古と似ているなぁ」

先生が驚きの声を上げた。先生が「うち」というのは、「親英体道(元は親和体道)」という合気道にも似た武道のことだ。創始者は井上鑑昭(のりあき)という、知る人ぞ知る伝説的な人物である。

1902年、和歌山県田辺郡(現田辺市)の裕福な家庭に生まれた井上は、幼い頃から柔術を嗜み異才を発揮していたが、13歳の頃から、こんな疑問を抱くようになる。

「強いとはいかなることか。弱いとはどこからくるのか。そもそも人に、強い、弱いということはあるのか」

やがて、大本教の出口王仁三郎(おにさぶろう)に邂逅し、武道の在り方の根本に「親和力」を置けばいいことを悟る。19歳の春のことだった。後に大本教に加わる伯父の植芝盛平(もりへい)と共に、合気武術を広く教授し始めた。だが、戦前の公安当局による二度の弾圧を契機に、植芝は大本教を離れ、合気道を創始することになる。その植芝と袂を別った井上は、戦後まもなく、親和体道と改め独自の道を歩むのである。

団塊世代の江上先生と明治生まれの井上との関わりは、幼少期に遡る。

江上先生の父茂は、沖縄空手を本土に持ち込み早大空手部を創部した船越義珍(ぎちん)の一番弟子で、こちらもまた伝説的な空手家である。戦時中は陸軍中野学校の武道教官を勤めたこともある茂は、後年、「空手の突きは本当に効くのか」という根本的な疑問を持ち、一撃必殺の最強の突きを追い求める。生活さえも犠牲にして究めたのは、拳を固めるそれまでとは真逆とも言える「柔らかい空手」。その松涛会江上流空手の礎となったのが、後年に師事した井上の教えだった。

茂の三男である江上先生は、幼少期から井上の道場に出入りし、ことあるごとに父から井上の話を聞いて育った。慶大では合気道部に所属し、その後、別の武道や海外放浪など紆余曲折を経て、30代半ばから井上に師事する。それは井上が91歳で亡くなるまで続き、67歳となった今でも稽古を続けている。羽生の考えと似ているという親英体道とは・・・・・・。

「一番の極意は『入り身』です。相手が打ってきたところに、そのまますっと入る。相手と一つになり、こちらが主体になって導きながら、一緒に流れていくんです。よく井上先生が仰っていたのは、『桜の花びらが散って川に落ちると、その中にすっと入って一緒に流れていくやろ。稽古はそうやって勉強するんやで』ということなんです。元々一つだったものを形にする。全ての物事には入り身しかない、受け身はないんだ、と」

それは羽生の思想と合致しているように思えた。ギリギリの均衡を保ちながら、どこかで思い切って踏み込んでいく。その際に大事なのは他力、手を渡して相手が踏み込んできたところに、自然と入っていく・・・・・・。

「闘ってはいけない。相手をやっつけるんじゃないんです。相手に敵意を持たせたら負け、刀を抜かせたらさらに負け、それに応じてこちらが抜いたら絶対の負け、なんですね。最初から相手と和していると考える世界なんです。かつての剣客たちが達した境地は、対すれば相和するでしょう。でも、相手と和すると考えること自体が既に作為が働いているという」

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