G2レポート・棋士道 羽生善治「将棋の神」に極意を質す(その3)
~勝負師としての羽生の姿に森羅万象が重なる

本誌には載らなかったインタビュー記事を特別公開!

発売中のノンフィクション雑誌『G2(ジーツー)』第19号に掲載後、大きな反響を呼んだ記事「騎士道 羽生善治」。ルポライター・高川武将が6度のロング・インタビューを通じて「羽生善治の本心に迫ろう」とした、文字どおりの「言葉の対局」です。原稿が予定の80枚を大幅に超える160枚に達したこともあり、誌面に載せきれなかった「後半」をおよそ2週間にわたって随時掲載していきます。棋士とルポライターの真剣勝負をご堪能ください(G2編集部)

▼羽生善治「将棋の神」に極意を質す(その1)(その2)はこちらからご覧ください
 (その1) => http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43587
 (その2) => http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43595

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(文・高川武将)

雀士・桜井章一への質問攻め

それは、1月7日、新宿の紀伊国屋ホールでのことだ。400人の満員の聴衆を前に、羽生は、『雀鬼』こと桜井章一と舞台に上がっていた。

60年代から大金を賭けた麻雀の代打ちを行う裏プロとして活動していた桜井は、裏技も駆使して引退までの20年間無敗を自称している。今は雀鬼会という道場を主宰し、自己啓発関連の著書も多数ある。その桜井との『本当の強さ』をテーマにした講演会は、どこか奇妙だった。二人の対談形式なのだが、羽生が一方的に質問を浴びせている。

「一見、損すること、無駄なことと健やかさは、運や流れを掴むことと関係ありますか」
「偶然はないというのは、細かいところを見て感じていればそれがわかるからですか」

桜井は笑いながら、「先生、聞いてばっかりじゃない。こっちにも聞かせてよ」と何度か制する。だが、将棋について話し始めても、「自分の話ってつまらないなぁと感じるんです」と自ら遮り、すぐにまた質問し続ける。

「柔らかさが大事ということは? 一期一会というものはその瞬間が凄く大切と?・・・・・」

すると桜井は苦笑しながら言う。

「先生はズルいよ。わかった上で聞いている。こいつ、どう答えるんだろうって。素人将棋みたいに」

会場は笑いの渦に包まれたが、羽生はポツリと言うのだ。

「大変申し訳ないんですけど、こういうことに答えてくれる人があまりいないんですよ」

それは、どこか羽生の孤独を思わせた。
約1時間、彼が聞く内容は、直感や閃き、運や流れといった論理では割り切れない勝負哲学、人生哲学に通じるものばかりだった。実はこの対談の前に、羽生は桜井の道場を訪れ、7時間も同じように話を聞いている。桜井はこう振り返る。

「何かを見つけに来たなと感じましたね。40代になって行き詰まり感もある、勢いで出来た20代とは違う。何か新しい価値を作りたいんじゃないかな」

セオリーもデータも、自分の経験すらも役に立たない

――桜井さんには何を求めてお会いされたんですか。

「そうですね。セオリーやマニュアルで表せないものを知っている人という感じなんです。そういう人は、きっと世間に一杯いるんですよ。でも、どこにいるかわからないんで。いや、ホントに。それこそ町工場の職人さんとかにもいるはずなんです、絶対に。でも、どこにいるかわからないじゃないですか。だから、知っている人で、そういうことを深くわかっている人なんじゃないかなと」

――セオリーやマニュアルで表せないもの、将棋においては?

「結局、羅針盤が利かない場面って、やっぱりあるんですよ。乱戦とか混戦になったときですね。例えば、序盤だったら形とかセオリーである程度は決まってきますけど、局面が進んで未知の領域に入ると前例は全くなくなっちゃうんで。セオリーもデータも、自分の経験すらも役に立たない。そのときにどうするか、という問題は常にあるんですよね。そこは、全体から見れば、実際は小さい部分で重要じゃないかも知れないですけど、そうは言っても、そういう場面もあるということは間違いないんで」