G2レポート・棋士道 羽生善治「将棋の神」に極意を質す(その1)
~本誌には載らなかったインタビュー記事を特別公開~

illustration Ishino Tenko

発売中のノンフィクション雑誌『G2(ジーツー)』第19号に掲載後、大きな反響を呼んだ記事「騎士道 羽生善治」。ルポライター・高川武将が6度のロング・インタビューを通じて「羽生善治の本心に迫ろう」とした、文字どおりの「言葉の対局」です。原稿が予定の80枚を大幅に超える160枚に達したこともあり、誌面に載せきれなかった「後半」をおよそ2週間にわたって随時掲載していきます。棋士とルポライターの真剣勝負をご堪能ください(G2編集部)

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(文・高川武将)

羽生善治が闘い続ける理由をどうしても知りたい

冬晴れの寒い朝だった。
将棋会館の入り口で待っていると、黒いダウンコートを身にまとった羽生が、白い息を吐きながら、小走りに歩いてくる。手提げカバンを持つ手には、娘にでも貰ったのだろうか、ちょっと子供っぽい水色のニットの手袋をはめている。

「かわいい手袋ですね」

一緒にエレベータに乗り込み、挨拶も早々にそう話しかけると、

「ええ、ちょっと寒かったので」

と、手袋を隠すような仕草をして、照れくさそうに笑った。

羽生とのインタビュー「第4局」に挑んだのは、2012年2月下旬のことだ。スポーツ雑誌「ナンバー」で、この1年の闘いを通して羽生の闘い続ける理由に迫るノンフィクションを書くための取材だった。どうしても知りたいことがあった。

羽生さん、あなたが本当に求めているものは何なのですか?

遡ること、8ヶ月前――。私は思いも寄らぬ光景を目の当たりにしていた。
4連覇の掛かっていた第69期名人戦七番勝負で、羽生は同世代の僚友、森内俊之にフルセットの激戦の末敗れ、名人位を失った。その第7局直後の打ち上げの宴席で、羽生は、こちらが言葉もかけられないほど暗く打ちひしがれていたのだ。前年の竜王戦で渡辺明竜王に敗れても、打ち上げでは悔しさのかけらも見せず、「解放感」に満ちた明るいオーラを発散していたのとは対照的な姿だった。

これまでのインタビューからは、羽生に勝つことへの拘りは感じられなかった。
勝つことに意味はない、常に新しい発見を探している、面白いドラマを観たい・・・・・・と、究極のモチベーションを朗らかに語っていた。羽生は身心をすり減らす勝負を面白いドラマを観たいがために闘っている・・・・・・私はそう思っていた。だが、そんな羽生が、名人戦の敗北直後に見せた酷く落胆する姿に、私は混乱し、うろたえた。

やはり羽生は、勝つことへの拘りが人一倍強いのではないのか。闘争心は要らない、相手を打ち負かそうとは考えない、無理をしない、諦めることも大事・・・・・・そうした他の棋士からすれば少し首を傾げるような独特の極意は、全てが勝つための逆説でもあった。

それはまた、森内に名人を奪われた後の戦いぶりにも現れていた。4年振りに参戦したA級順位戦で、現または元タイトル保持者たちを、羽生は鬼神のごとくなで斬りにしていたのだ。3回戦では、あの渡辺に完勝。1月12日の7回戦では久保を、2月1日の8回戦で谷川を下して、順位戦では自身初となる8連勝。2位の渡辺が2敗したことで、最終局を待たずに名人再挑戦を決めてしまっていた。

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