岡島悦子×毛見純子×粟飯原理咲【第2回】「変化の激しい今、"キャリアデザイン"はもう古い! これからは"キャリアドリフト(漂流)"の時代」
本連載「明日をつくる女性起業家」のスペシャルイベントとして、5月11日講談社にて開催した「明日をつくる女性起業家に学ぶ、先の読めない時代を生き抜く新キャリア論」。本荘修二氏をモデレーターに、「レシピブログ」などの人気サイトを提供するアイランド代表取締役の粟飯原理咲さん、働く女性のための日本製ジャージードレスブランド「kay me」を展開するmaojian works代表取締役毛見純子さん、そしてリーダー人材開発やダイバーシティ向上支援の第一人者であるプロノバ代表取締役の岡島悦子さんをお招きし、変革の時代のキャリア戦略やアントレプレナーシップについて語っていただきました。

本連載記事、毛見純子さんはこちらから、粟飯原理咲さんはこちらからご覧ください。

⇒第1回はこちらからご覧ください。

勘違いから始まる人生

本荘: 次は粟飯原さんにお話を伺います。マーケティングや社会学を専攻したくて筑波大学を選んだんだけれども、実際に筑波に行ってみると思っていた世界と違っていたそうですね。

粟飯原: 思い返すと私の人生は勘違いだらけですね。私は大阪出身なんですが子供の頃に筑波万博に行ったことがあって、筑波は大都会だと思い込んでいたんですね(笑)。高校生のときに、「マーケティングを勉強しに筑波に行きたい! 未来都市に行くぞ!」と思い立って、父親に言ったんです。すると、父は関西人なんで「大阪を捨てる気か、あほぉ!」と。半ば激怒されながらも大都会に行くんだと筑波に出てきたら、現実の筑波はめっちゃ田舎だったんです(笑)。

すごくビックリするところから大学生活が始まったんですが、大学1年生の秋に、たまたまどうしてもタイへ旅行に行きたくなって、親に電話して「タイに行く」と言ったら、また父親が激怒して「タイに行ったら、おまえなんかすぐ死んでまうぞ!」と(笑)。

理由はよくわからないんですが、海外旅行をするなと言われまして、でも、どうしても行きたかったからそのままタイに行ったら、それから仕送りが来なかったんです(笑)。それで、しょうがないから3年間、ありとあらゆるアルバイトをしたのが仕事人生の始まりですね。ケーブルテレビのアルバイトからウグイス嬢、サッカー場のもぎり、家庭教師まで、全部で20種類以上やりましたね。

本荘: お父さんもすごいですね、娘の仕送りをチョキンと切っちゃうというのは(笑)。

粟飯原: 3年後に就職活動をするときに、これはもうダメだと思って電話して「就活するんだけど、仕送りがないとできないから送ってほしい」って言ったら、「あれ? 送ってなかったか?」と言われて(笑)。仕送りを止めたこと自体を忘れていたという(笑)。そんな感じですが、クリエイティブでとても尊敬している父です。

本荘: そんなこんなで就活して新卒で入ったのが、NTTですね。

粟飯原: それもちょっと勘違いをしていたんですが、当時NTTが「マルチメディア人材大募集!」と謳っていたんです。Windows95が上陸した翌年の1996年だったんですが、私はパソコンにほとんど触ったことがなかったのに、ケーブルテレビでアルバイトをしていたものですから、今のYouTubeのような映像メディアみたいなものを想像していたんです。それで「マルチメディアがやりたい」と思い、面接でも「マルチメディア事業部門一筋です」と言って採用していただいて、マルチメディア情報流通推進部に配属していただいたというのが最初ですね。

本荘: それで、蓋を開けてみたらITオタクみたいのがゴロゴロしていた、と(笑)。

粟飯原: ガチガチの理系ばっかりで、みんなHTMLがわかっていて、私だけMac OSの起動画面を見て「この『マッコス』って何ですか?」と言っちゃうようなレベルで(笑)。そんな「何も知らないアホが一人いる」というところからスタートしたんですね。

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