【憲法 その4】 環境権などの新たな基本的人権を追加するとともに国民の責務を憲法に明記せよ!

「日本国憲法にはドラえもんの四次元ポケットがある」と言われることがある。憲法13条「幸福追求権」のことだ。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とされるこの条文は、約70年前の憲法制定以降の社会の変化によって生じた新たに保障すべき人権を、あたかもドラえもんのポケットのようにいくつも取り出してきた根拠条文となっている。学説、判例でどこまで認めるかは諸説あるが、環境権、プライバシーの権利、日照権、静謐権、眺望権、平和的生存権などなどだ。

社会の変化に対応して、新たに人権を憲法に追加すべきだという議論は、国民的な賛同が得られやすい。このため、憲法改正の運動論としても、最大限に手厚い人権保障を憲法に盛り込むことは、ぜひとも実現させたい。

だが、ここで立ち止まって、憲法のあり方に関して考察してみたい。

憲法の基本書を見ると、大抵の場合、その半分近くが「人権」に割かれている。これは、17世紀から18世紀にかけて欧米諸国で起こった市民革命によって、絶対王政から自由と人権を勝ち取った歴史から形成された「近代立憲主義」の憲法観が、日本ではいまだに支配的であるからだ。「憲法は人権を保障するために国家権力を規制する制限規範である」という考え方だ。

憲法を国家権力の制限規範とする考え方は、当然間違っているわけではない。しかし、70年間改正されていない日本国憲法と異なり、世界の憲法はすでに現代憲法の考え方に移行している。市民革命時代は夜警国家的な思想のもとで憲法は国家権力から人権を守るだけで十分だった。だが、現代では、できるだけ多くの国民が主権者として国政に参画し、最良の国家をつくるための「国のあり方や社会の基本的価値観を描く基本法」という概念が憲法に追加されなければならない。

その観点から、国民の権利及び義務、国家と国民の役割を憲法にどう規定するかを考える必要がある。