ホーチキ 金森賢治社長「戦前、利益が出せなかったときも『安全、安心を創造するのだ」と事業を変えなかった。今も「市場を創造するのは信念』だと感じます」

火災報知機メーカー・ホーチキ。1918年に、損保、生保の出資により設立され、火災報知機の製造はもちろん、取り付けやメンテナンスも行う。また新規商品開発にも積極的で、現在は火災検知センサーを日々進化させているほか、消火設備も販売している。社長は生え抜きの金森賢治氏(63歳)だ。

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かなもり・けんじ/'51年神奈川県生まれ。'72年に幾徳工業高専(現神奈川工科大)電気工学科を卒業し、東京報知機(現ホーチキ)入社。エンジニアとして設計・施工実務を担当し、その後、営業も担当。'09年に常務へ就任し、'10年に専務就任、その後'13年6月から現職。既に進出している海外での成長に意欲を燃やす

天井の力持ち

さかのぼれば、昭和の頃はホテルニュージャパンの火災など、全国に報じられる火事が、様々起きました。しかし最近、とくに高層ビルの火災は皆無と言えるまでになり、日本全国の出火件数や死者数は、'00年に比べ10%以上減っています。これは携帯電話ですぐ通報ができるようになったこともありますが、消防法や火災報知機が、日々、進化を重ねてきた結果でもあります。

弊社の火災センサーは、日本中、いや、世界中の建物の天井に設置され、公表はできませんが、すごい数の失火を発見し、火災を未然に防いでいるんですよ。

隔世

火災報知機は日進月歩です。元は戦前、皇居周辺などの街頭に設置されていたボタン式の通報機でした。まだ電話が普及していなかったため、火事を見つけた人がボタンを押すと消防署につながる機械が必要だったのです。'60年代には熱を感知するセンサーが普及し、'69年には、現在も主流の煙を感知するセンサーが誕生しました。煙のほうが熱よりも早く火災を感知できるのです。

現在は火災が発生したビルのどこが火元かピンポイントで検知できます。また、金融機関のデータセンターなどには、一般的な火災センサーの1万分の1の煙でも反応する超高感度の機器が設置され、データを守っています。

30代 '82年、右が金森氏。当時の社長と共に撮影した。「仕事もしたが、遊びも誰にも負けないくらいやった」と話す

ホンネ

火災への対応も進化しています。たとえば空気中の煙の濃度が5%になると、プリアラーム(事前の警報)を出し、10%で火災と伝え、17%を超えると防火ドアや空調を閉鎖し酸素の流入や延焼を防ぐ、などの働きをします。もし先に防火ドアを閉めたら、人を閉じ込めることになりかねず、最適な順序があるんです。これらの進化の積み重ねにより、お客様から「ホーチキさんのおかげで助かったよ」と言われることが、私の最高の喜び・・・・・・なのですが、本当は、何も起きないほうがいいですよね(笑)。