読書人の雑誌『本』
「現代の日本には、ケチな感覚が蔓延している」
作家・山崎ナオコーラが放つ「可愛い社会派小説」

photo Getty Images

指輪は布

(文・山崎ナオコーラ)

私と夫の結婚指輪は、布でできている。

理由は、自分たちの経済力のなさによる。ひとつ千円の指輪だ。

私はこれをとても気に入っている。指輪には、布製の小さな封筒が付いていて(手紙というデザインなのだ)、そこに小さな手紙が入っている。夫の字で「結婚してください」と書いてある。当然、私にとっては素晴らしい指輪だ。

でも、どうだろう? カルティエやハリー・ウィンストンの指輪の方が素敵であるのは確かだ。

「私にとっては、本当に素敵なデザインのブランドものの指輪よりも、輝いて見えます」

というのが、私の気持ちではあるのだが、かといって、カルティエやハリー・ウィンストンの指輪を実際に持っている人に対して、こんなことは言えない。負け犬の遠吠えみたいだし・・・。

それに、大げさに捉えれば、価値をひっくり返して革命を起こそうとしているような感じもする。

だから、いつの時代でも、そのときの価値観に馴染むことができている層は、その価値観に馴染めずに苦しんでいる層を恐れるのだろう。ふいに足下をすくわれて、逆転されてしまうかもしれない、と。自分たちの立場がなくなってしまうかもしれない、と。

女性らしく生きることに馴染めている人は、どうしても、
「もっと、努力しようよ」
と、私のようにブスだったり、モテ系でない人に言ってしまうことがあるのではないか。女性らしさの価値が変わらないことを求めているからではないだろうか。

「いや、私は女性らしさを磨く努力をしない。他に努力すべきことがあるから」
と私は答えてしまう。しかし、こういった科白は危険思想じみている。

このような違和感を小説にしたいと思った。

そして、お金にまつわる小説、『可愛い世の中』を講談社さんから出版していただけることになった。

三十代に入った頃から、「『社会派作家』になりたい」という夢を私は抱いてきた。作家といえども、社会人だ。社会と関わりながら仕事をしていきたい。
とはいえ、決して壮大な内容のものではなく、細部を一所懸命に作るような、小さな視点からの「社会派小説」を書きたい。あくまで、「可愛い社会派小説」だ。

芳香剤の会社で働く地味な主人公豆子が、自身の結婚式を挙げることによってお金に対する新鮮な視点を持つようになり、やがて香水の会社を起こすことを考えるようになる。大きな出来事を扱う小説ではないが、社会のことを考えられる内容になったと思う。

豆子と同じように、私も社会を信じている。

せっかく高度な社会に生きているのだから、何百年か前のように家族しか信用できなかったり、親戚同士でしか助け合えなかったりするのではなく、もっと社会の仕組みを信用して良いのではないか。