プロ野球インサイドレポート 世の中にはカネで買えないものもある「人を育てた」中畑DeNA、それに比べて阪神タイガース

横浜DeNAの快進撃がとまらない。優勝候補だった阪神の低迷も終わる気配がない。選手の平均年俸が球界一低いDeNAが、なぜ勝ち続けられるのか。両軍指揮官のチーム作りに、答えがあった。

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もう「春の珍事」ではなくなった。横浜DeNAは27勝18敗(21日時点、以下同)の貯金9。中畑清監督は、絶好調が続く要因を、冷静に分析する。

「昨年までと顔ぶれが大きく変わったわけではない。選手そのものが成長しだしてきているということ。やっとプロ野球選手、おカネのとれる選手になってきた。でも、まだ連敗をすぐにするようなチームだし、その怖さ、弱さはあると思っている」

18日、労組日本プロ野球選手会は、選手会に加入する支配下選手732人の今季の年俸調査結果(外国人選手、育成選手、出来高払いは除く)を発表。DeNAは、4年連続最低額(平均2503万円)だった。その彼らが優勝目指して突っ走っているから野球というのは面白い。中畑監督就任直後から取材を続けるスポーツ紙記者が、快進撃の裏にあった中畑監督の覚悟を明かす。

「中畑さんが就任する前は4年連続最下位。もともと戦力が足りなかった。なにせ、先発投手はいないし、FA宣言した選手やメジャーを経験した日本人選手を補強したくても、弱いチームにすすんで入る選手はいない。'12年のオフ、米国でプレーしていた福留孝介外野手を即戦力としてほしくて阪神と争奪戦になりましたが、阪神を上回る条件を出しても来てもらえなかった。だから育てるしかなかったんです。

監督自身も話していましたが、現役時代、飛躍のきっかけになったのは、入団4年目を終えた後に行われた、伝説の『地獄の秋季・伊東キャンプ』です。『俺だって、長嶋(茂雄)さんに鍛えられ、使ってもらって一人前になれた』と話している。中畑さんは伊東キャンプを乗り越え、翌年初めて規定打席に到達し、レギュラー定着の足掛かりになった。それをベイスターズでも再現させたんです」

当時の巨人も、伊東キャンプ翌年の'80年に王貞治が引退するなど、V9戦士がチームを去る世代交代の時期だった。伊東キャンプに参加した江川卓、西本聖、篠塚利夫など18人の若き精鋭が、その後の巨人軍を支えた。再起をめざすDeNAと重なる部分が多かった。

中畑監督の就任1年目、'12年11月の「地獄の奄美大島キャンプ」はどんな内容だったのか。前出の記者が続ける。

「30歳以下、26選手が呼ばれ、いくつもの禁止令が出された。外出、釣り、移動バスの中でのゲームなど。まさに24時間、野球のことを考えさせるためでした。

朝7時起床で散歩して、球場での練習を終え、夕食のために午後7時に宿舎に戻っても、8時から約1時間は素振り。ある日のトラック走で足がつった筒香(嘉智)にも別メニューを与えるのではなく、回復するのを待ち、ほかの選手より1時間遅れても、全メニューを消化させる厳しさでした。