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わずか就任2年でポイ 激震フジ(メディア・ホールディングス)かくて社長のクビが飛ばされた
「天皇」日枝久会長を直撃!
〔PHOTO〕gettyimages

社長になる前も、就任した後も、会社のために尽くしてきた。しかし突きつけられたのは、「関連会社行き」という厳しい現実だった。低迷するフジの社長人事には、様々な思惑が隠されている。

忠誠を誓っていたのに

社長の太田英昭氏(68歳)が退任。産経新聞社会長へ—。

6月の人事異動が発表され、フジ・メディア・ホールディングス(以下フジHD)に激震が走っている。

北海道出身の太田氏は、中央大学法学部を卒業後、'69年にフジテレビに入社。'80年代には情報番組『おはよう!ナイスデイ』に立ち上げから携わり、ロス疑惑やグリコ・森永事件などでスクープを飛ばした。フジテレビは、同番組がスタートした'82年から12年連続で視聴率3冠を達成しただけに、まさにフジの歴史をつくったテレビマンの一人と言える。

手腕を高く評価された太田氏は、その後も局長、執行役員と順調に出世街道を歩み、'08年にフジHDの専務に、'12年には副社長に就任。そして'13年6月、ついに社長にまで登りつめた。

あるフジテレビ幹部社員が語る。

「太田さんはフジHD会長の日枝久さん(77歳)の右腕・懐刀と言われてきた人です。部下を怒鳴りつけながらもきちんと面倒を見てあげる性格で、『闘将』とも呼ばれている。

長く報道・情報畑で荒っぽい現場も経験してきただけに、修羅場に強い。危機管理能力や情報収集能力は、各局を見渡しても随一とされています」

日枝氏はその能力を買っており、太田氏も忠誠を誓っていたという。

「『韓流贔屓』だと批判され、局に対する大規模デモが起きた'11年の『フジテレビ騒動』以来、株主総会は毎回大荒れになります。視聴率低迷の責任を、会長である日枝さんに問う声も噴出する。そんな時、矢面に立ち、身体を張って日枝さんを守ってきたのが、他ならぬ太田さんでした」(前出の幹部社員)

それほどの人物がなぜ、就任わずか2年で関連会社へと飛ばされるのか。過去8人のフジHD歴代社長を見ても、在任期間2年は最短だ。

社長交代には、'88年にフジテレビ社長に就任して以来、27年にわたり実権を握り続けてきた日枝氏の意向が強く反映されているのは間違いない。

本誌は、フジの「天皇」とも呼ばれる日枝氏を都内の自宅前で直撃した。

—太田氏が産経新聞社会長に就任する今回の人事には、どんな意図があるのか。

「今回の人事は、フジサンケイグループと、産経新聞社との一体化を図るためです。結束をするため、ルートを作るため彼を会長に抜擢しました」

—在任期間2年での退任に、短すぎるという声も出ているが。

「これはどこの会社でもあることでしょう。在任期間が短いとか、長いとかということは関係ない。ちょうど今、サンケイグループと産経新聞社が一体化していくべき時期だからですよ」

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