脳科学者として知られる茂木健一郎さんが自身の体験を元に描く“100%青春小説”『東京藝大物語』

青春の原像

(文・茂木健一郎)

私は、東京藝術大学で、2002年から、2007年まで、授業を持っていた。
日本を代表する芸術の学舎で、アーティストを夢見る学生たちと、向き合い、寄り添い、時には衝突しながら、さまざまなことを語り合った。

実に忘れがたい個性を持った学生たちに出会った。
いつも赤ら顔をてかてかさせているジャガー。
鳩のように首を動かしながら、ぎこちなく喋るハト沼。
そして、普段は物静かだが、突如として裸に迷彩を塗りたくった「縄文原人」と化して狂乱する、杉ちゃん。

『東京藝大物語』は、彼らの物語だ。一つの「青春小説」である。過ぎ去った時に捧げられた、鎮魂曲でもあるのだ。 
聖地は、キャンパスと、そして、自然発生的に、授業の後で飲むようになった、上野公園の一角。

信じられないハプニングの数々。杉ちゃんが某有名アーティストに絡んで、見事な逆襲をされた話とか、日本を代表する芸術の守護者の、熱いアジテーション演説、今は亡き世界的芸術家の、忘れられない授業。そして、東京藝術大学を揺るがせた、ある「重大事件」(今や伝説と化したそのミステリアスな出来事の真相が、ついに小説中で明かされる!)。

学生たちの日常も、熱かった。ジャガーとハト沼は、いつも、芸術論を闘わせている。トムとジェリーのように、仲良く喧嘩している。そんな彼らも、やがて「恋の季節」を迎える。いっちょまえに、好きな女の子に未来さえ語ったりするのだ。自分の明日さえ、わからないというのに。

読者は、いくら東京藝大生とは言え、ここまでムチャクチャじゃないだろう、という感想を抱くかもしれない。
いや、実際、そこまでムチャクチャだったのだ!

世の中には、信じられないことがあるのだ。
今や、「絶滅危惧種」とさえ言える、疾風怒濤の青春を生きる、若者たちの群像。
目撃した! ともに吼えた! そして、涙した!
噓だと思ったら、もしよろしければ、読んでみてください。

もちろん、小説である以上、事実は編集され、デフォルメされ、「地上5センチの浮上」を果たすために、フィクションがないまぜになっている。どこまでが事実で、どこからが虚構なのか、それはわからない。両者が一体となって、一つの魅力的な世界が構築できたら。そんな思いで、一字一句に一生懸命の思いを込め、全身で書いた。

振り返ると、『東京藝大物語』の登場人物たちは、実に、芸術の神さまと格闘していたのであろう。