【憲法 その2】 憲法の前文で日本を現し、国家元首も明記しよう!

日本の義務教育では、中学校や高校の公民の授業で、日本国憲法の前文を勉強させられる。たが、実は、難解な日本語で今ひとつ何を言いたいかがよく分からない。例えば、

「人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(憲法前文第二パラグラフ)

「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」(憲法前文第三パラグラフ)

何度読み返してみても非常に難解である。なぜ分かりにくいのかと考えると、それもそのはずで、日本国憲法は翻訳されたものであるからなのだ。

しかし、あたかも戦前の教育勅語のように勉強させられたそれらの文章は、日本人の意識の中に植えつけられ、「崇高な憲法を変えるなんてとんでもない」という潜在意識が刷り込まれてきてしまっているのではないか。

憲法とは何か。ヨーロッパで絶対王政から人権を勝ち取った市民革命を通じて成立してきた近代憲法観からすると、「人権を守るために国家権力を制限する」のが憲法であるという見方が支配的だ。

国家と個人を対立項で捉え、国家の制限規範として憲法を捉える考え方は、それはそれで正しい。しかし、現代における憲法は、国家と国民との約束を示すとともに、国家のグランドデザインを示し、国や社会の基本的価値観を描くものでなければならないのではないだろうか。

戦後70年経ち、新たに憲法を改正するにあたっては、この基本的考え方を憲法の冒頭で明らかにする必要があろう。

1. <前文(日本人が尊重する基本的価値)> 民主主義、自由主義、法の支配、基本的人権といった基本的価値の実現を明記せよ!

日本国憲法前文は「われらの安全と生存」の保持に言及しているが、それは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」を前提にしている。

だが、この前提は成り立たない。核を保持し、ミサイルを撃ち込む北朝鮮や過激組織ISIL(いわゆる「イスラム国」)による残虐かつ卑劣なテロだけでなく、尖閣諸島周辺の日本領海侵犯を今も常態化させ、力による奪取の構えを見せる中国の行動などを見れば、自明であろう。

すなわち、日本人が尊重している民主主義、自由主義、法の支配、基本的人権といった基本的価値は、世界では未だ実現していないのだ。日本は、戦後70年間で培ってきた民主主義の歴史を活かし、そういった基本的価値の実現に向けて世界をリードしていく姿勢が必要ではないか。

したがって、憲法前文の冒頭で、以下のように、日本人が尊重する基本的価値について述べることが適切ではないか。

憲法前文
日本国民は、民主主義、自由主義、法の支配、基本的人権といった基本的価値を尊ぶ
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