【憲法 その1】 日本史上初となる憲法改正プロセスに多くの国民が参加しよう! 

「日本国憲法は世界最古の憲法である」

こう書くと、普通の人は「いや、そんなわけはない」「間違いだ」とお答えになるだろう。正確に言えば、日本国憲法は、近代憲法の中で、古い方から14番目となる。しかし、日本国憲法よりも古くに制定された欧米各国の憲法は全て、かなり頻繁に改正されているため、日本国憲法を「世界最古の憲法」だといっても間違いではないのだ。

日本国憲法は1947年5月3日に施行されてから一度も改正されないどころか、憲法改正の「発議」すら一度もなされなかった。なぜか。憲法学者もマスコミも「護憲=良いこと」「改憲=タブー」という情緒的な単純方程式の考え方で、「憲法を変えたら戦争国家に逆戻り、徴兵制も可能になる」「先進的で民主的な日本国憲法を変えることは民主主義に逆行する」という誤った「護憲」意識が社会に定着してしまったためではないか。

しかし、我々国民は、主権者として、国民の権利と国の基本構造を規定する憲法について真摯に向き合わなければならない。つい最近(2015年3月)の読売新聞の世論調査では、憲法を「改正する方がよい」と思う人は51%で、「改正しない方がよい」の46%を上回った。いよいよ私たち日本人は、これまで約70年間の「思考停止」から脱し、時代にあった憲法を創る時を迎えているのだ。

100の行動もいよいよ憲法編に入る。93~98まで6回を使い、「93: 憲法改正の必要性(総論)」「94: 憲法の基本思想(前文、天皇)」「95: 安全保障政策(平和憲法)」「96: 新しい時代の人権(基本的人権)」「97: 統治機構(国会、内閣)」「98: 財政と道州制(財政、地方自治)」と論じ、日本再建の土台となる憲法改正の姿を提言する。

1. 憲法改正は、日本の歴史上初めて主権者たる国民が憲法を判断する一大イベント。憲法改正を前向きに捉えよう!

これまで高めの直球でドラスティックな提言を続けてきた「100の行動」だが、「国のかたち」を決める憲法に関することなので、ここは少し歴史の勉強から入ろう。以下は国立国会図書館の資料による史実だ。

1946年2月13日、ポツダム宣言を受諾し占領下にあった時代の日本。この日、外務大臣官邸において、マッカーサーの指示を受けたホイットニー民生局長と吉田外務大臣、松本国務大臣との会談が行われた。ホイットニーはその場で、松本が中心となって日本政府が作成し、GHQに提出した「憲法改正案」を「拒否」することを伝え、GHQ草案(いわゆるマッカーサー草案)を手渡した。

私はなにも、「他国に押し付けられた憲法だから独自の憲法を作れ!」などと言うつもりはない。しかし、重要なのは、実はこの間、日本政府が新憲法草案を検討していたことに加え、民間有識者のあいだでも憲法改正草案の作成が進行し、1945年末から翌春にかけて次々と公表されていたことだ。

その代表例は、1945年12月26日に発表された憲法研究会の「憲法草案要綱」であり、天皇の権限を国家的儀礼のみに限定し、主権在民、生存権、男女平等など、のちの日本国憲法の根幹となる基本原則を先取りするものであった。

さらに、1946年になると帝国議会に席を有していた各政党とも相次いで憲法改正草案を発表している。 こういった動きは、民主主義国家として極めて健全なことだと言えよう。しかし、実際の日本国憲法は、いくつかの軽微な修正を除いてほぼマッカーサー草案の原案のままの内容となった。

日本国憲法制定当時、国民的な議論が巻き起こっていたにもかかわらず、GHQ作成の草案を元に作られ、国民投票も経ずに成立したのは史実である。

同様に当時占領下に憲法が制定されたドイツでは、その後、ドイツ人自身の手によって58回も憲法が改正されている。日本は、一度もない。

憲法改正は、日本の歴史上初めて主権者たる国民が憲法を判断する一大イベントなのだ。国民自らの手で、民主的手続きを経て、国民的な盛り上がりがある環境で、前向きな憲法改正を行うべきであろう。

いみじくも今、戦後初めて憲法改正を真面目に現実的に考える政権が発足した。しかも衆参で2/3の勢力を得る可能性がある。この時期を逃さずに、ぜひ前向きに憲法改正をとらえたい。

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