「自分の意見を伝えられる子どもに育てる」
【第10回】子ども向けクリティカルシンキングの基本

「情報を鵜呑みにする大人」にしないために

子どもは、親や先生の言ったことをそのまま受け取る傾向があります。特に"いい子"であればあるほどそれが顕著です。

子どもは、親や先生の顔色を見ながら自分の発言や行動を変えています。そればかりか、自分の考えそのものも、大人が気に入るように修正してしまう子さえいます。何を隠そう、ぼく自身もそうでした。

今はかなり状況が変わっているようですが、ぼくが子どもの頃は、学校の先生が「絶対」でした。皇帝のような存在で、先生が「教える」ことが"唯一の正解"で、それ以外は"不正解"という認識を強く持っていたのを覚えています。

小学校5年生の時、ある男性教師が「これから毎日マラソンをする。朝、走ることが人間を作る」と言い出し、生徒たちを引き連れて走り始めました。マラソンと言っても、3キロ程度です。されど3キロのコースを毎日です。本当は任意参加のはずでしたが、その男性教師は「走らない奴はクズだ!」と声を荒げていたので、風邪をひいている子どもも含め実質的に強制参加させられていました。

ぼくが通っていた学校は、みんな朝は早めに登校してきて、校庭でサッカーやドッヂボールなどをして遊ぶ文化がありました。校庭もかなり広く、全校生徒が全員外で遊ぶこともできるくらいでした。なので、みんなもともと外で体を使って遊んでいたのです。それを「マラソンこそが人間を作る」といって、他のすべての遊びを認めず、強制的に走らされていたのです。

いま考えると、全体主義のような異常さがありました。もちろん、教師側にも何らかの意図があったのかもしれませんが、その説明がなされないので、ぼくらには「単に走らされた」という感覚だけが残りました。

ただこの時、この教師の主張(「マラソンこそが人間を作る!」)に対して、疑問を抱くことはありませんでした。「なかった」というより「できなかった」のだと思います。

当時は先生が言っていることが「絶対」でしたし、授業中に自由に質問することも許されていませんでしたので、疑問を感じるということ自体、難しかったのだと思います。

もちろん日本全国の学校でこんな状況ではなかったと思います。ちゃんと生徒の考えを尊重してくれる先生もいたとは思います。しかし大人になって振り返ると、いまの親世代で「授業中に意見や疑問を先生に投げかけることに慣れていた」という人は少ないのではないでしょうか?

子どもの時に「疑わない教育」「教えられたことを鵜呑みにする教育」をされてきたら、当然のように「情報を鵜呑みにする大人」ができ上がります。

重ねて言いますが、上記の教師のスタイルに当てはまらない先生がいるのは知っていますし、ぼくもすばらしい先生に当たったこともあります。しかし、過去の皇帝のような教師が、"疑わない日本人"を作り上げてきたのもまた事実だと思います。

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