The New York Times

ポール・クルーグマン 私がTPPを支持しない最大の理由~この協定は、実際には貿易に関するものではない

2015年05月30日(土)
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〔PHOTO〕gettyimages

実際には貿易に関するパートナーシップ協定ではない

知的正直さは、オバマ政権で十分に評価されていない長所のひとつだ。もちろん共和党の人々は、現政権のあらゆるところに欺瞞や、悪意ある隠れた動機を見出しているが、それは単なる推測に過ぎない。本当のところは、私がフォローしている政策分野に関して言えば、オバマ大統領がやっていることやその理由に関しては、驚くほど明白かつ率直だ。

ただし、それには例外分野がひとつある。国際貿易と投資だ。

提案されている環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を、大統領がそれほどまでに優先順位の高い政策としている理由が私には分からない。そうは言っても、この協定に関して行うべき議論があり、良識と善意ある人々がこの取組みを支持している。

しかし良識と善意ある人々のなかには、一体何が行われているのかということに深刻な疑問を持つ者もいる。そうした質問に対し、誠意をもって答えてくれることを期待したが、残念ながらこれまで、そのような努力はまったく見られなかった。それどころか、この環太平洋地域12ヵ国間の協定の売り込み方は、言葉巧みなでっち上げ話のように聞こえる。役人たちは、潜在的な協定内容に関する主要な不安にまともに答えないで来た。批判者たちを矮小化し、まともに取り合わない。そして実際には、あとで真実ではないと判明したようなことを軽率に保証してきた。

今月初め、政府は大統領経済諮問委員会のレポートで、この貿易協定に関する主要な分析的弁護を行っている。ところが奇妙なことに、このレポートは実際には環太平洋経済協定の分析をしていない。代わりに、そこでは自由貿易を称賛しているが、それはいま問題となっていることとは無関係なことだ。

まず第一に、自由貿易の利点について何を言ったとしても、そうした利点のほとんどは、すでに実現されている。約70年前から導入されてきた過去の一連の協定により、関税その他の貿易障害は、すでに非常に低いものとなっている。そうした障害がアメリカの貿易に影響を及ぼすことあったとしても、それは貨幣価値の変動といったほかの要因によって意味がなくなるほど低い水準なのだ。

いずれにしても環太平洋経済協定は、実際には貿易に関するものではない。TPPによって、すでに低い関税がさらに低くなるかもしれない。しかし提案されている協定の主眼は、薬品の特許や映画の著作権などの知的財産権を強化すること、そして企業や国がそれに関する紛争を解決する方法を変えることにある。いずれの変更も、それがアメリカにとって望ましいことかどうかは決して自明ではない。

懸念材料に真剣に取り合わない態度を示すオバマ大統領

知的財産権について。特許と著作権は、イノベーションに報いる方法だ。だが、その報酬を消費者の負担によって増大させる必要があるのだろうか。大手製薬会社やハリウッドは、そうすべきだと考えている。しかし、たとえば国境なき医師団が、この協定によって途上国では薬品が購入できないほど高くなることを心配している理由も明らかだろう。これは深刻な懸念事項で、協定支持者たちが満足のゆく対応方法を示していない問題のひとつだ。

紛争解決について。漏えいしたドラフトの1章によると、協定では、その合意に対する違反申し立てがある場合、多国籍企業が政府を訴えることができる仕組みを作るようだ。その訴訟は、部分的に民営化された法廷で裁かれることになる。エリザベス・ウォーレン上院議員のようにこの協定を批判している人々は、これによってアメリカの国内政策の独立性が損なわれる可能性があると警告している。たとえば、そうした裁決機関は、金融改革を攻撃したり弱体化したりするためにも使われかねないと言う。

オバマ政権は、そんなことはないとし、大統領はウォーレン上院議員は「まったく間違っている」と明言する。彼女は間違っていない。この環太平洋経済協定により、米国は政策の変更もしくは多額の罰金を余儀なくされかねない。攻撃を受けやすい政策のひとつは金融規制だ。その点が正しいことを示すかのように、カナダの財務大臣は最近、2010年の米国金融改革の主要条項であるボルカー・ルールが既存の北米自由貿易協定に違反すると言明している。彼は、この申し立てを立証できないかもしれない。しかしそうであっても、この発言は、貿易および投資協定が銀行の規制を脅かしかねないという懸念が決して馬鹿げたものでないことを示している。

私は、ここにある大きな問題は信頼に関するものだと考えている。

国際経済協定というのは、どうしても複雑なものになる。しかし、成立するか否か、是か非かの投票の直前になって、条文のなかに望ましくない事柄が多く織り込まれていることに気がつくといった羽目にはなりたくない。したがって、協定を交渉している人々が正当な懸念事項に耳を貸し、有力なコネをもつ企業ではなく国の利益を実現しようとしていることを再度しっかりと確認したいのだ。

しかし、オバマ政権は本当に心配すべきことに対応するのではなく、それらに真剣に取り合わない態度を示している。そして、懐疑的な人々は貿易の真価を理解しない無知な輩であるかのように言う。彼らは無知な輩などではない。これらの疑い深い人たちは、紛争解決のような問題に関しては正しい場合の方が多い。私が見る限り、この議論で本当にハッカーぽい(その場しのぎの)経済学者は、経済協定支持者のなかにのみいるようだ。

前述したように、これまでほかの問題についてはかなり率直だった現政府でこうした事態が見られるのは、非常に残念でがっかりさせられることだ。この政権は明らかに、正直な主張で環太平洋経済協定を正当化できるとは感じていない。その事実自体が、我々がこの協定を支持すべきではないことを示唆していると言えよう。

(文・ポール・クルーグマン/翻訳・オフィス松村)

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