ドイツ
イランの核開発問題とNPT(核不拡散条約)---核保有国の横暴にブレーキはかけられない?
ローザンヌで会談したケリー米国務長官とイランのモハマド・ジャバド・ザリフ外相 〔PHOTO〕gettyimages

イラン核開発の制限についての大枠が決まる

3月末から4月にかけてスイスのローザンヌで行われていたイランの核開発を巡る交渉は、すさまじいものだった。国連の常任理事国の5ヵ国(米国、フランス、イギリス、中国、ロシア)と当事国イラン、直接には関係のないドイツ、そしてまとめ役のEUの代表が、当初の期限を延長し、夜を日に継いで交渉を続けた。イランの核開発についての確執は、それが発覚したのが2002年だから、すでに13年もの歴史がある。

2002年当初、IAEA(国際原子力機関)は、イランに何度もウラン濃縮活動の停止を求め、イギリス、フランス、ドイツの3ヵ国がイランと交渉した結果、2004年にイランはいやいや停止を決めた。ところが2005年、新しく就任したアフマディネジャド大統領がウラン濃縮活動を再開。イランは、発電や医療など平和的利用のためであると主張したが、結局、国連安保理は2006年、制裁決議を採択し、経済制裁に踏み切った。以来、イラン経済は大きな打撃を受け、国民はインフレと物不足に苦しんできた。

この膠着状態のイラン包囲網を、どうにかより良い方向に持って行きたいというのが、今回の交渉だった。特にオバマ大統領がイランとの関係修復に熱心で、イランの宿敵イスラエルが戦々恐々としている。

4月2日、長い交渉の末、ようやくイランの核開発の制限についての大枠が決まった。現在約10トンある低濃縮ウランを15年間で300キロに減らす、遠心分離器を約1万9千基から6104基に減らす、最低15年間は核兵器製造に使える高濃縮ウランを製造しない、中部フォルドゥのウラン濃縮施設は研究施設に転換、中部アラク重水炉は兵器級プルトニウムを生産できないよう設計を変更する、核爆弾1発分の濃縮ウランを2~3ヵ月で生産できる能力を最低1年に延ばす、10年間はこれを続けるなどといった制限が、その内容だ。

また、IAEAがいつでも施設の立ち入り検査ができるようにするとか、もしも違反行為を見つけたら、再び制裁を科すとか、いろいろ厳しい条件が付く。そして、これらを6月末までに固めて、最終合意を目指す。制裁は、イランが核開発を停止したことが確認された時点で、徐々に解除するとしている。

ただ、それについて、すでに1週間後の4月9日、イランのロハニ大統領が異議を申し立てた。経済制裁は合意と同時に解除されるという条件でなければ合意には応じないという。状況はたいへん微妙で、苦労して大枠は作ったものの、再びすべてがご破算になる可能性もかなり大きい。イスラエルはイスラエルで、イランが核を持つことには、平和的利用であれ何であれ、強硬に反対している。