【オードリー・ヘプバーン】50歳を過ぎて平安が訪れた―財産のすべては慈善活動に捧げた
福田和也・世界大富豪列伝「蕩尽の快楽」第124回 オードリー・ヘプバーン(その三)
ソマリアにて オードリーは晩年、ユニセフ親善大使として慈善活動に身を捧げ、63年の生涯を閉じた(photofest/AFRO)

オードリーと2番目の夫、アンドレア・ドッティとの子供は、結婚した翌年の1970年2月8日、スイスのローザンヌで生まれた。男の子で、ルカと名づけられた。
アンドレアは息子の誕生に大喜びしたけれど、このときオードリーの中には早くも夫に対する不信感が生じていた。

妊娠中、安静が必要だったため、オードリーはスイスのトロシュナにある自分の家で過ごしていたのだが、ローマに残ったアンドレアは派手な夜遊びを繰り返した。
ナイトクラブで、女性たちと抱き合ったり、熱烈にキスをするアンドレアの写真が度々新聞に掲載された。夫の不貞に傷つきながらも、オードリーはこう公言していた。

「アンドレアとわたしはお互いを拘束しないという、取り決めのようなものを結んでいました。夫が年下の場合、これは避けられません」(『オードリー・ヘップバーンという生き方』山口路子)

1975年、46歳のオードリーは8年ぶりに映画の撮影に入った。
リチャード・レスター監督の『ロビンとマリアン』。相手役のロビン・フッドをショーン・コネリーが演じて話題になった。

78年にはテレンス・ヤング監督の『華麗なる相続人』に出演。セックスシーンや暴力シーンの多い仰々しい映画で、翌年公開されると、悪評にさらされた。

80年に出演したピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ニューヨークの恋人たち』はヴェネツィア映画祭での評判は上々だったものの興行成績は振るわなかった。

オードリーがこの歳になって映画へのカムバックを決めたのは、「夢よもう一度」の気持ちからではなかった。
女遊びの絶えない夫との結婚生活に見切りをつけ、離婚の準備に入っていたのだ。離婚にも、その後の子供との生活にも金がかかる。
『華麗なる相続人』の評判は最低だったが、出演料は100万ドルで、興行収入が歩合でもらえることになっていた。

80年9月、オードリーはアンドレアとの離婚を申し立てた。

この頃、ロサンゼルスに住む友人が開いた晩餐会で、オードリーはロバート・ウォルダースと出会った。
テレビの人気西部劇シリーズ『ラレード』のスターの1人で、亡くなったばかりの有名女優マール・オベロンの4番目の夫だった。
オードリーは自分より7つ年下の気品あるハンサムな俳優に親しみを覚えた。彼はそれまで彼女をひきつけた男たちと違い、性格が穏やかで、深い思いやりを持った人物だった。