バスキュール朴正義【第2回】「営業能力ゼロですが、旗を挙げて、感度が高い人に『これを使いたい』と思ってもらう作戦です」

オンライン学習サービスschoo WEB-campusとのコラボレーションで世の中に新しい価値を生み出そうと挑戦する「起業家たちの原点」を紐解くインタビュー企画。第6弾の今回は、バスキュール代表・朴正義さんの登場です。第2回は、創業から15年クリエイティブの前線を走り続けてきたバスキュール年表の前編(2000年~2007年)を振り返ります。

第1回はこちらからご覧ください。

⇒授業の様子はこちらからご覧いただけます。

CGからインターネットの世界へ

― バスキュールの根本の考え方や目標についてお聞きしましたが、ここからは年表を見ながら創業から15年を振り返り、「どんなことをやってきたのか」についてお聞きしていきます。まず、2000年に創業したということで、その以前は何をされていたんですか?

 2000年の直前はCGの会社にいました。でも、CGってけっこう大変なんですよ。デジタルでやばいことができると思っていたんですけど、なかなか僕に順番が回ってこなくて。お金と時間がすごくかかるので、席がほんのちょっとしかなかったんですよ。

― 実際に関われる人が限られているんですね。

 そう。CGはなかなか席が回ってこない。それでいつもネットサーフィンばかりしていて、hotwiredとか新たなクリエイティブ論に思いっきり感化され、ネットだったらすぐに立ち上げることができる、という思いが膨らんでしまったんです。

― 2000年ってインターネットが普及したぐらいですよね? その時にインターネットでどんなことをしたいと思っていたんですか?

 まだダイヤルアップが主流のモデム大活躍な時代ですね。その時は、CGのキャラクターをアニメーターが一生懸命作るんじゃなくて、Web上に器になる場があって、みんながアバターになって、それぞれの人が少しずつプロップを作りあって、自分でアニメーションもつけて、それが全部シェアされる…まるっきり「セカンドライフ」みたいなものを作りたいと思っていました。それをダイヤルアップ時代にやろうと思っていたので、だいぶ無茶な話なんですが(笑)。

― 早いですね(笑)。その発想から、どう起業につながるんですか?

 そのアイデアを起業して実現したいと思ってたら、結婚したばかりだった奥さんに「ネットも知らないのにいきなりやるな!」と怒られまして。それで、ネットについて勉強しようとWEBの制作会社に入ったんですが、半年くらいで「まあ、こんなもんか」と思ってしまったんですね。

― それで、「自分でやっちゃおう」と。

 そう。自分にもできると思って独立したんですが、僕のような無名人に誰もついてこないですよ。

― でも、起業当初は6人でスタートしたんですよね? どうやって採用したんですか?

 メディアアートの展示を手がけるICCなどで手伝いしている若者1人ずつ、出会った順番に全員声をかけました。そしたら6人採用できたので、ラッキーだと思ったんですが…。その頃はベンチャーの正社員になると、最初の1、2年は、国が給与の半分を出してくれるという制度があったので、無理やり彼らを正社員にしたんです。が、半分でも給料は払わないといけないので、お金をまわすのに苦労しました。キャッシュフローとかそういう概念が全然なかったんですよね。

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