週刊現代
東京・老いてゆく街で
『週刊現代』魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」第127回

〈聴く、という一つの動詞が、/もしかしたら、人の人生のすべてなのではないだろうか?〉

3日に亡くなった詩人の長田弘さんがそんな詩を書いていた。

〈木の家に住むことは、聴くことである。/窓を開けることは、聴くことである。/街を歩くことは、聴くことである。/考えることは、聴くことである。/聴くことは、愛することである。〉

長田さんの言う〈聴く〉とは、身の回りの人々や風景の息遣いを感じとることだろう。単に目で見るだけではわからない。

家族や隣人たちの声に耳を傾け、時に、亡き父母や友人を思う。風のさやぎを聴く。陽の光を浴びる。自然や街の移ろいを愛おしむ。歳を重ねながら生きるとは、そういうことなのだとこのごろしきりに思う。

GW最終日、西荻のわが家でちょっとした事件が起きた。玄関先にハクビシンの赤ちゃんが迷い込んできたのである。体長約10㎝。尻尾がタヌキより長い。全身を黒っぽい毛に覆われ、鼻と額だけが白い。
地面をちょろちょろした後、塀を登って隣の物置の屋根に蹲った。外に出てきた小学3年の娘が「カワイイー」と叫んで頬をポッと上気させた。男の子の反応と明らかに違う。母性本能をくすぐられるらしい。

最近、タヌキやハクビシンをよく見かける。2ヵ月前には小鳥をくわえたハヤブサがわが家に現れた。ハトより大きくカラスより小さい。獰猛な眼でこちらをにらみ、小鳥を食い終わるまで塀の上に居座っていた。
新宿から電車で15分の住宅密集地に小鳥やカラス以外の野生動物がこんなに頻繁に姿を見せることはなかったはずだ。単なる偶然と思えない。何らかの環境変化があったのだろう。

要因の一つとして考えられるのは空き家の増加だ。この2~3年で家から100m圏内の古家が2軒、空き家になった。範囲を広げると、廃屋同然の家やアパートがさらに4軒ある。
空き家の大半が昭和30年代前後に杉並区が爆発的に都市化した際に建ったものらしい。それが老朽化し、持ち主の高齢化も進んで維持が難しくなった。
20年前、約2・6万戸だった杉並区の空き家は、約3・6万戸に増えた。そこにハクビシンやタヌキが入り込み、塒を作っているにちがいない。

東京の空き家問題はこれからさらに深刻化するようだ。現在の都の空き家率が約11%。富士通総研の試算では、それが約20年後に2倍の約22%、場合によっては3倍近い約28%に達する可能性があるという。

ハクビシンの赤ちゃんは物置の上から動かない。高3の次男が出て来てスマホで写真を撮りだした。娘は「ウチにはいろんな動物が来るね。庭がジャングルだからだね」とはしゃぐ。
ジャングル? たしかに私の手抜きで庭は雑草だらけだ。でも、ジャングルはオーバーだよ、と言いかけてやめた。庭には背の高いハルジオンの白い菊状の花が咲き詰めている。連休前、急に暖かくなったとき、一夜にして庭の日当たりのいい部分を占領した。驚異的な繁殖力だ。

娘の身長は123㎝。花の高さは1m近い。娘の胸のあたりだ。ほかにツタの巻き付いた桜の老木やシイの木もある。娘の目の高さからは庭が密林のように見えてもおかしくない。