二宮清純レポート「監督の甥っ子」から「真のエース」へ 菅野智之 25歳巨人投手 遠回りしたから、今がある(下)

黒田に学んだ浪人時代

当時、菅野は巨人の単独1位指名が濃厚と噂されていた。なにしろ伯父が監督を務めているのだ。他球団も空気を読むだろう、というわけである。

そうした〝暗黙の了解〟を良しとしない球団が現れる。北海道日本ハムが敢然と菅野の指名に踏み切ったのだ。抽選の結果、交渉権を得たのは日本ハムだった。

菅野の主な選択肢は次の4つだった。(1)日本ハム入り、(2)社会人野球入り、(3)メジャーリーグ挑戦、(4)浪人—。果たして、菅野が選んだのは第4の道だった。

言葉を選びながら、菅野は4年前を振り返る。

「ウ~ン、一番つらかったのは〝オマエの選択が正しいんだ〟と言われたこと。ありがたい言葉ではあるんですが、それが自分を苦しめた部分もあります。その時に、ものすごく感じました。今まで自分は敷かれたレールの上を走ってきたんだな、と……」

浪人したからといって、次のドラフトで再び巨人の指名を受け、入団できる保証はどこにもない。どこかの球団に指名されるリスクもある。

それでも初志を貫徹したのは、とことん自らと向き合うことで、この先のレールづくりは人任せにしない、との思いを固めることができたからである。

「浪人に対する不安は確かにありました。メディアに追われて、どこにも外出できない時期もありました。

しかし、逆に考えれば、これは僕にしか経験できないこと。時間ができたおかげで、野球の映像もたくさん見ることができた。その中には、ちょっとした発見もありました」

浪人中、最も影響を受けた人物がいる。MLBから今季、8年ぶりに古巣・広島に復帰した黒田博樹である。当時はヤンキースに在籍していた。

「朝起きて、NHKのメジャーリーグ中継を見る。テレビをつけたら黒田さんが投げていた。それ以来、黒田さんが登板する日は必ず早起きして試合をチェックするようになりました」

黒田の著書も熟読した。浪人生はメジャーリーガーから何を学んだのか。

「黒田さんって、試合前のブルペンでは18球しか投げないというんです。最後の18球目がたとえ暴投であっても、それでやめると。

スポーツには〝心技体〟という言葉がありますよね。黒田さんによると〝心の部分は捨てろ〟と。納得のいかないボールだからといって、何球も投げていたのでは体が持たない、メジャーリーグでは戦えないというわけです。この考え方は僕にとって、とても新鮮でした」

禍転じて福と為す、という言葉がある。横井も1年間の浪人生活は「無駄ではなかった」と言う。

「智之の浪人が決まった時、僕らは随分叩かれました。〝1年間もゲームに出ないなんてありえない〟〝ブランクでダメになる〟と……。

でも僕は全く心配していなかった。この1年間で肩やヒジを休ませることができるし、体力強化や技術を磨くことに時間を振り分けられる。なにより野球以外の部分でも視野を広げられる。アクシデントさえなければ、必ずプロで活躍できると確信していました」

負けず嫌いの完璧主義者

翌年、菅野は晴れて巨人に入団し、13勝6敗、防御率3・12というケチのつけようのない数字をマークする。

サラブレッドを預かった元巨人投手総合コーチの川口和久は菅野を評して「完璧主義者」と呼ぶ。

「ボール1個の出し入れにこだわるタイプ。コントロールがいいからできるんだろうけど、(ストライクゾーンの)四隅を突き過ぎる。それで逆にカウントを悪くして、痛い目にあうことがありました」

プロで既に29勝をあげている菅野だが、レギュラーシーズンでの完封勝ちは、まだ1度もない。もう一皮むけるには、何が必要なのか。

再び川口。

「これは考え方の問題だと思うんです。三振をとろうとすれば、最低で も3球はかかる。しかしアウトは1球で取れる。あえて課題をあげるとすれば、高めのボールの使い方が下手。これを覚えれば、ポップフライが増え、1球でア ウトを取ることができる。確かに高めのボールはリスクを伴います。高さを間違えると長打をくらうこともある。

菅野は僕が見るところ、他のピッチャーよりも負けることの恐怖、打たれることの恐怖が強い。その細心さはピッチャーにとって大事なことではあるんだけど、勇気を持って投げることを覚えれば、もう一段高いところに行くことができる。まだまだ、こんなものじゃないですよ」

川口によると、菅野はゴルフも得意でティーショットで300ヤードも飛ばすという。

「彼はゴルフをやっていたら、今頃は松山英樹を超えていたかもしれない。能力もセンスもケタ違いのものを持っています」

忘れられないゲームがある。昨年5月31日、敵地でオリックス戦に先発した菅野は鬼気迫るピッチングで7回を無失点に封じた。亡き祖父(5月29日に他界)に捧げる〝魂のピッチング〟とスポーツ紙は報じた。

その時に投げ合っていたのがオリックスの、というより日本のエース金子千尋である。こちらは9回を無安打無失点に封じる熱投だった。

その金子に菅野に対する印象を聞いた。

「技術的な点をあげれば、まずコントロールがいい。簡単にストライクが取れますから。それに勝負球もひとつではない。僕に似ている?そうかもしれませんね」

そして、ポツリと付け加えた。

「彼って相当な負けず嫌いなんじゃないですか。マウンドでの表情だったり、ここぞという時のボールを見ていると、だいたいわかりますよ」

その話を菅野に振ると「僕、気合とかそういう言葉って、あまり好きじゃないんですよ」と言って、小さく笑った。

ボール1個の出し入れにこだわる完璧主義者の片鱗が垣間見えた。

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「週刊現代」2015年5月30日号より


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