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ロッキード事件、金丸脱税事件、新薬産業スパイ事件「検察・国税担当」記者は見た!——検事もワルも、みんな人間臭かった

元東京新聞編集委員 村串 栄一

検事だって人間だ。巨悪に対して憤り、事件が潰れれば涙する。彼らと盃を交わし、ときには出禁処分を受けてでも食らいつく。元エース記者が見た「最強の捜査機関」特捜部と国税庁の実像と虚像。

金丸の体がぐらりと揺れた

'93年3月6日夜。一報が入ったとき、全身に電撃が走った。自民党副総裁だった金丸信の脱税容疑による逮捕。田中角栄の衣鉢を継ぐ政界最大の実力者だった。

私は当時、中日新聞社(東京新聞)の社会部デスクを担当していた。しかし、この逮捕は寝耳に水だった。すべてのメディアが完全に検察に出し抜かれたのである。私は急いで取材体制を整え、検察担当、事件遊軍、国税担当に連絡して、あちこち走らせた—。

検察は権力の総本山のような、唯我独尊の「ガラパゴス集団」だ。自分たちが「絶対正義」であると信じ、ときには権力を振りかざして事件に取り組む。記者としてその姿を目の当たりにしながら、他紙と「抜いた、抜かれた」のつばぜり合いを繰り広げ、特ダネを狙う日々。その中で見たのは検察・国税と被疑者との攻防や、検事らの使命感、そして葛藤だった。その様子を『検察・国税担当 新聞記者は何を見たのか』(講談社刊)にまとめた。一部を紹介する。

金丸脱税事件に至る前、検察は断崖絶壁に立たされていた。前年の夏、東京佐川急便の元社長側から5億円の献金を受領した金丸を略式起訴したが、処分は罰金20万円のみ。国民は不満を露にし、検察庁舎にペンキが投げつけられた。検察は権威を失いつつあった。

脱税捜査の唯一の手がかりは、国税調査官の発見した割引金融債乗り換えのチャートだった。当時の国税庁幹部が話す。

「亡くなった金丸さんの奥さんの相続や事務所経費などにおかしな動きがあった。そこで調査にかかると、割引金融債が出てきたんです」

東京地検特捜部長だった五十嵐紀男は、国税からの情報に一条の光を見出して、極秘捜査に乗り出した。そして、確信にいたったという。

「政治資金ではなく、割引債に変えた個人蓄財だった。所得申告をしていないから脱税に問える」

金丸聴取にあたった特捜部副部長の熊崎勝彦は、こう核心に迫った。

「先生、もう大人のままごと遊びはやめましょう。割引金融債をお持ちですよね」

金丸の体がぐらりと揺れた。弁解録取で金丸は、「所得の申告はしていなかった」と容疑を認めた。

「失敗すれば自分も含め、総長ら幹部の首が飛ぶような、イチかバチかの一発勝負だった。だが、みんな検察を立て直そうと必死だった」