佐藤優の読書ノート 独房にいた私の姿を隣人であった坂口弘氏が詠んでいる
坂口弘・著『歌集暗黒世紀』

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.060 読書ノートより

●坂口弘『歌集暗黒世紀』角川学芸出版、2015年3月

4月末、わが家に、坂口弘『歌集 暗黒世紀』角川学芸出版、2015年3月が届いた。著者名を見て、私は坂口弘氏のことを懐かしく思い出した。

2002年から03年8月、鈴木宗男事件に連座して、私は東京地方検察庁特別捜査部に逮捕され、「小菅ヒルズ」(東京拘置所)に512日間勾留された。勾留期間中は、ずっと独房に収容されていた。

拘置所には「接禁」という業界用語がある。接見等禁止の略語だ。逮捕された被疑者のうち、特に悪質で、外部と連絡を取って罪証隠滅を謀ったり、新聞や雑誌の記事を読んで嘘の供述をしたりする可能性のある人につける措置だ。接禁になると弁護人以外との面会や文通ができない。妻や親子兄弟との面会や文通もできないのである。また、新聞、雑誌、書籍の講読も認められない。

2002年5月14日に逮捕された私は、東京拘置所の新北舎というプレハブの獄舎に入れられた。ここには冷暖房がなかった。独房の夏は40度近くになる。囚人が脱水症状を起こさないように、午後1時に拘置所が冷たい飲料を追加的に配給していた。冬は5、6度になることもある。囚人は部屋の中で歩き回ることが禁止されている。差し入れようの小窓の横で、座っていなくてはならない。ちなみに独房はすべて畳だ。独房でも全ての畳に黒い縁取りをしている独房がある。これは通常の犯罪者用だ。これに対して、黒い縁取りのついていない剥き出しの独房がある。いわゆる自殺防止房だ。天井に監視カメラと録音マイクが設置されていて、24時間態勢で監視されている。水道にも金属製の蛇口がなく、ビニールの管になっており、床のボタンを足で踏むと水がながれるようになっている。依然、水道の蛇口にタオルを千切って結びつけ、首つり自殺をする囚人が居るからだ。ちなみに確定死刑囚も自殺防止房に収容されている。

拘置所と刑務所は、形は似ているが、全く異なる性質の施設だ。拘置所には、未決勾留者が収容されている。未決だから、一応、無罪推定の原則が働いている。従って、服も私服で、長髪(五分刈りでないということ)が認められる。

テレビドラマでは、「被告人は無罪」というシーンがよく流れるが、実際の裁判では、起訴されれば99.9パーセント有罪になる。日本の刑事裁判での有罪率は旧ソ連よりも高い。
判決が確定し、懲役刑か禁錮刑になるとその日のうちに丸坊主にされ、囚人服(夏は灰色、秋冬春は黄緑色)に着替えさせられる。懲役刑の場合は、その日から袋貼り、割り箸の袋詰めのような強制労働につかされる。懲役刑や禁錮刑でも犯罪者用語で「弁当」という執行猶予がつくか、裁判途中で保釈が認められれば、保釈金を支払えば、直ちに釈放になる。私の場合、裁判所が保釈金を600万円にしたので、2003年10月8日午前に弁護人がこのカネを払い込み、夕刻、私は保釈になった。

判決が確定しても、丸坊主になり、囚人服に着替えない人たちが極一部いる。この人たちは、刑務所に押送されることもない。確定死刑囚の人たちだ。この人たちは、拘置所内に設置された絞首台で死ぬことが刑の執行に当たる。それだから、刑務所には行かない。拘置所の外に出るときは、棺桶に入っている。

坂口弘氏は、確定死刑囚だ。1993年3月9日に坂口氏の死刑が確定したが、裁判所の認定によると16人殺人と1人傷害致死である。坂口氏が「あさま山荘事件」で逮捕されたのは1972年2月28日のことだ。もう43年間も獄中で生活している。

さて、東京拘置所では2003年3月22日に半世紀に一度の大行事があった。新獄舎への引っ越しだ。新獄舎には冷暖房が完備されている。新北舎3階に居住していた囚人は新獄舎B棟8階に移動した。最初、私は畳に黒い縁がついていない自殺防止房に収容された。4月7日、B棟8階の責任者から、「ちょっとお願いがあるんだけど。房を変わってもらえないかな。ちょっと難しい人たちのいるところで、そこに挟まれているとみんな参っちゃうんだけれど、あなたなら大丈夫だと思うから頼む」という話があった。

看守たちには、いつも世話になっているので、私は二つ返事で引き受けた。新しい独房は32房だった。畳には黒い縁取りがしてある。自殺防止房ではないようだ。もっとも、このときの私は、両隣が確定死刑囚であるとは夢にも思っていなかった。

坂口氏は、私の移動を歌に詠んでいる。

<隣に来よ隣に来よと念じおれば隣にまさしくその人移り来>(坂口弘『歌集 暗黒世紀』角川学芸出版、2015年、74頁)

私のことがいくつか読まれている2003年に作られた歌から引用しておく。・・・(以下略)

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.060(2015年5月13日配信)より

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・坂口弘
あさま山荘(上)』彩流社、1993年4月
あさま山荘(下)』彩流社、1993年5月
・坂口弘『続あさま山荘』彩流社、1995年5月
・坂口弘『歌集 常しへの道』角川学芸出版、2007年11月
メルマガ表紙
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」

価格:1,080円(税込)
第2・第4水曜日配信+号外
「佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」」を購読する

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」最新の記事
佐藤 優の書籍紹介