読書人の雑誌『本』
評論家・加藤周一は日本の「敗戦後」をどう問い続けたのか――成田龍一・著『加藤周一を記憶する』

加藤周一を、いま読むこと

(文・成田龍一)

「戦後」日本において、「現代思想」ということがさかんにいわれたのは、1970年代後半から、80年代の初めにかけての時期であった。先駆けのように雑誌『現代思想』が創刊され、フランスの思想家たちの著作が次々に翻訳・刊行され、それまでの「戦後思想」にとって代わるような、あらたな「知」が提唱された。長く影響を与えてきた「戦後思想」が、「制度の知」となり、解放ではなく桎梏となっている、という認識が背景にあった。「戦後思想」との断絶を主張する「現代思想」は、「知」の光景を大きく変えた。

しかし、いまや、その「現代思想」にとって代わるような、あらたな動きが日本のなかにひろがっている。「現代思想」のある局面のみを極限化したような現象であり、「反知性主義」などとしてあらわれてきている(さきの『現代思想』2015年2月号は、その特集を組んでいる)。

「戦後思想」からすれば二転し、(ある著作の概念を借りつついえば)「戦後知」の第三フェイズに入り込んでいるということである。この過程は、たとえば、「戦後思想」の特徴のひとつを啓蒙主義としたとき、(「現代思想」による)啓蒙主義の批判から、いまや(「反知性主義」という)啓蒙主義の放棄があらわになる推移である。あるいは、「戦後思想」によって価値づけられ、根拠とされてきた「人間」が、(「現代思想」のもとで)その「死」を宣告されたが、動物化を経て、モノとしての「人間」へと至り来ている論調である。

「戦時」から解放され、あらたな価値と抵抗の根拠となった「人間」や「こころ」が、いまや空虚なものとされている。「現代思想」の理念と思惑が反転し、いまやまったく異なった状況が目の前に広がっている。グローバリゼーションのもとでの「いま、ここ」の重視、それに加えて、東日本大震災による深いシニシズムがうかがえる事態でもある。

こうしたなか、しかし「知」も手をこまねいているのではない。あらためて「戦後日本」を対象とし、あらたな観点からの「知」の検討がなされ始めている。現状を「戦後」の射程で考察し、その解析とともに処方を抽出しようとする営みである。いまに至る「戦後知」の総体を歴史的に検討しようという問題意識であり、とくに、(「現代思想」への転機である)70年代に生まれた若い世代の動きがめざましい。

「戦後」において堆積されてきた叡智を、同時代的な文脈で把握しその構造をあきらかにするとともに、「戦後知」にあらたな意味付与をする営み―「現代思想」がおこなってきた「断絶」ではなく、「知」の目録を点検し再生すること、解釈しなおしあらたな意味を付す営みである。

〈いま〉に向き合うための実践を、このような「戦後知」の自己点検として考えたとき、いくつもの作業が思い浮かぶ。このなかで、私自身が選択したのは、「戦後思想」から出発し、「現代思想」の台頭のなかで、たえず自らの「知」を点検し、組み換え、状況に向き合っていた思想家としての加藤周一の軌跡の検討である。

加藤周一は、状況との緊張関係をもち、たえず自らの「知」をつくり替えていった。自らの「知」を検討することを通じ、それを現役の「知」とすることを図るのである。詳しくは、近刊の『加藤周一を記憶する』(講談社現代新書)をみていただきたいが、加藤は「戦後思想」から出発し、フランス留学後の『雑種文化』によって「転回」をとげ、その後、60年安保を経てさらなる「転回」をなし、パリ五月革命など「68年」の状況に向き合う。そして晩年の「九条の会」参加に至るまで、5つの局面を経てきている。

かつての「知」を堆積させながら、たえず自らの「知」をつくり変えていくところに、加藤の営みがあった。同時代の読者に語りかけるとともに、「未来の他者」を意識してもいたがゆえの「知」のありようである。こうした加藤の「転回の軌跡」、そして「堆積の構造」をあきらかにすることは、その時々の「知」の検証―「戦後」の内在的な検証となり、「戦後知」のあらたなかたちを示す作業となる。さらには、安易になされている「戦後レジームからの脱却」への批判となるであろうとも思う。

「啓蒙の知」あるいは「断絶の知」までもが、こうした営みによって、現状への処方となり得るはずである。そのような思いを込めて、さきの著作では、私の加藤周一の読みを投げかけてみた。「反知性主義」への対抗として。そして、啓蒙主義の放棄ではなく、啓蒙主義の蜂起へと至るものとして。

(なりた・りゅういち 日本女子大学教授)
読書人の雑誌「本」2015年5月号より

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成田龍一(なりた・りゅういち)
1951年、大阪市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。専攻は、近現代日本史。現在、日本女子大学人間社会学部教授

成田龍一・著
『加藤周一を記憶する 』
講談社現代新書 税抜価格:1,300円

日本の「敗戦後」を問い続けた評論家加藤周一の軌跡を丁寧に追う試み。
加藤周一の代表的著作である『言葉と戦車』『日本文学史序説』「夕陽妄語」を中心に、その評論活動の出発点となった1946年の論考の意義、西洋と日本を行き来して得た1960年代の「日本文化」への深い言及、力を注いだ1980年代の同時代時評、そして「九条の会」の呼びかけ人となった21世紀初頭まで、加藤周一が日本の言論界に与えた影響力を考察する。

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