自傷から回復して新しい自分に変わるための手引書。松本俊彦・著『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』

生き延びるための自傷
人は私を裏切るけれど、リストカットは私を裏切らない?

(文・松本俊彦)

私は、自殺予防と薬物依存症を専門とする精神科医です。今回私は、自傷に関する著書(『自分を傷つけずにはいられない―自傷から回復するためのヒント』)を上梓しました。ごく簡単ではありますが、この本を紹介させていただきます。

自傷とは、自殺以外の意図から自分の身体を軽く傷つける行為を指します。代表的なものはリストカットですが、他にも「壁に頭をぶつける」、「血がにじむほど皮膚に爪を立てて腕をつかむ」、「火のついた煙草を自分に押しつける」といった行為があります。

こういうと、「これまた何とマニアックな話題を・・・・・・」と思うかもしれません。しかし実は、意外にありふれた現象なのです。私の調査では、10代の若者の一割がリストカットの経験があり、そのうちの約六割は10回以上繰り返していることがわかっています。ただ、親や学校の先生によって気づかれる人は、実際の経験者のうちの約30分の1だけ、ほんの氷山の一角です。あなたが「マニアック」と感じたのはそのせいでしょう。

これまで私は、精神科医として診察室で、自傷を繰り返す患者さんを多数治療してきました。最初は本当に戸惑いました。私が駆け出しの精神科医だった頃、精神医学の教科書のどこにも「自傷」をくわしく説明した項はありませんでしたし、指導医も人によっていっていることがまちまちでした。だから、何もわからないわけです。仕方ないから自分で調べるしかないかと重い腰を上げたのが、一連の研究を始めたきっかけでした。そうした研究の成果はすでに何冊かの本にまとめて、出版しています。

でも、今回の本はこれまでのものとは違います。これまで書いてきた本はいずれも精 神科医や臨床心理士、教師といった支援側の人たちに自傷の正しい理解と対応を伝えることが目的でした。しかし、今回は自傷の当事者に向けて書くことに挑戦したのです。

理由は簡単です。どんな名医であっても、一生のうちに直接治療できる患者さんの数は限られています。でも、もしも読むことで治療的な効果を持つ本があったらどうでしょうか? たとえば、日頃、自分が診察室で自傷を繰り返す患者さんに伝えている言葉を、そのまま本にしたら? うまくいけば、たくさんの当事者を助けられるかもしれない・・・・・・そう思ったのです。

自傷する人は、多くの誤解に曝されています。いわく、「甘えている」、「弱い」、「人の気をひこうとしている」、「かまってちゃんだ」。でも、事実は異なります。自傷の多くは、怒りや不安、絶望感といった感情的苦痛をやわらげるために行われます。そして、自傷する人の96パーセントは、一人きりの状況で自傷におよび、そのことを誰にも告げないのです。要するに、自傷とは、周囲の関心をひくためではなく、困難な状況を独力で生き延びるための行動なのです。

こうもいえます。自傷する人は、「人は必ず私を裏切る、でもリストカットは絶対に私を裏切らない」と信じ込んでいて、「人に頼らない」という点ではむしろ「強い」といえるかもしれない、と。でも、問題が一つあります。その強さには「しなやかさ」が欠けていることです。

周囲の人間にできることは少なくとも二つあります。
一つは、自傷を甘く見ないことです。「リストカットなんかじゃ死なない」とはいえるかもしれませんが、「リストカットする人は死なない」とはいえません。実際、将来における自殺リスクはきわめて高いことがわかっています。これはある意味で当然です。というのも、自傷したからといってつらい現実は何も変わりませんし、繰り返すたびに自傷が持つ「心の鎮痛効果」が弱くなっていきます。やがて、以前は自傷なしでも耐えられたストレスにも自傷が必要となり、早晩、「切ってもつらいし、切らなきゃなおつらい」という状態に陥ります。そのときに自殺の危機が高まるのです。

もう一つは、自傷を頭ごなしに叱責、禁止しないことです。もちろん、自傷を容認しろというつもりはありません。ただ、急には手放せないことは理解して下さい。それでも、理解ある支援者との出会いのなかで、「人生において最も悲惨なことはひどい目に遭うことではなく、一人で苦しむことだ」と実感する経験を重ねていけば、そこから新しい生き方が拓けてきます。私は、最大の自傷は自分を傷つけることではなく、つらいときに人に助けを求めないことだと考えています。

こういった本です。よろしかったらご一読下さい。

(まつもと・としひこ 国立精神・神経医療研究センター)
読書人の雑誌「本」2015年5月号より

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松本俊彦・著
『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』
講談社 1,500円(税別)

本書は、長年、自傷の問題に関わってきた著者が、「自傷行為の当事者に向けて、これまで診察室で伝えてきた、あるいは伝えたいと思った事柄」をやさしく語った本です。「自分を知るため」の前半と、「自傷から回復するため」の後半に分かれており、すぐに役立ててもらえるように、具体的に語っていきます。自傷から回復して新しい自分に変わるための、第一人者の精神科医による手引きの本です。

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