週刊現代
偉くならなかった求道者たちに
魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」第126回

本は買っておくものだ。と、つくづく思った。GWで暇ができたので、何か読もうと家の書棚を眺めたら『高見順 闘病日記』(中村真一郎編・岩波書店刊)の上下2冊が目に入った。

二十数年前に買ったきり、読まずにほったらかしにしておいたものだ。それを手に取り、頁をめくると、いきなり目が活字に吸いついた。胸が震えた。嗚咽が漏れそうになる。こんな思いをしたのはいつ以来だろう。

ご承知と思うが高見は「最後の文士」といわれた人だ。小説『如何なる星の下に』『いやな感じ』や詩集『死の淵より』を著し、日本近代文学館を創設した。'63年に食道ガンを宣告され、'65年夏、文学館の起工式翌日に息を引き取った。

彼は闘病中に4度の手術を受け、胃に開けた穴から栄養補給を受けながら1年10ヵ月を生きのびた。激痛に苛まれ、皮膚から骨が透けて見えるほどやせ細った。それでも鉛筆を離さず、計30冊のノートに日々の心境を綴っている。

〈('63年)十月八日
「ガンがこわくて文士がつとまりますか。」
どうです、このセリフは。〉

〈('64年)一月八日
薄曇り。廊下散歩。
夕方、窓下の浜に漁船が着く。妻がその船から魚を買う。
ヨット。海の色。〉

〈四月七日
くもり。/泣く。〉

〈八月十九日
(前略)屠殺場の牛の/撲殺される直前の/あのやさしい/おだやかな/静かな眼を思い出す。/ヒンズー教徒が牛をあがめるわけが分る気がする。(中略)死後の運命を私も考える。/しかし私は―死後を信じない。〉

〈('65年)六月三十日
私の耳のなかの古寺。/遠い古寺の鐘がボーンと鳴った。〉

生死の境をさまよう魂の独白である。神の存在を信じない人間の祈りでもある。〈苦しみの底に明るさをつかむことができるときは、いつだろうか〉。

高見はそう呟きながら、生とは何か、死とは何かと問い続ける。鉛筆を握る力もないはずなのに書き続ける。自分の命が尽きていくさまを微細に描いてみせる。まるで人の心がどこまで死と対峙できるかという実験をやっているかのようだ。

妻の看護メモによると、彼は眠りながらも胸に置いた手の指を動かしている。夢の中で書いているのだ。後でそのことを言うと「何を書いてたろう? 夢の中ですらすら小説書いていりゃ世話ないね」と苦笑いした。

何だろう、この執念は。常人にできることではない。私は彼が作った近代文学館に行こうと思った。そこに行けば、高見という作家の秘密を垣間見ることができるかもしれない。
近代文学館は、井の頭線の駒場東大前駅から歩いて約10分の駒場公園にあった。鬱蒼とした木立に囲まれた園内は、渋谷の喧騒が目と鼻の先だとは信じられぬほど森閑としていた。

館内に入ると、展示室の入り口に高見の胸像があった。名のある彫刻家の作品だろう。高見の深く優しい眼差しに見惚れるうち、一瞬、生身の本人がいるかのような錯覚に陥った。
が、展示品に私が見たい高見のものはなかった。閲覧室で日記の原本を見せてもらえないかと頼んだら「予約がないとお見せできません」と言われた。