賢者の知恵
2015年05月15日(金)

大阪都構想は、マジで洒落にならん話(2) ~「対案がないぞ!」というデマ編~
文/京都大学大学院教授 藤井聡

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ふじい・さとし 京都大学大学院教授、同大学レジリエンス研究ユニット長。1968年生。京都大学卒業後、イエテボリ大学心理学科客員研究員、同大学助教授等を経て現職。専門は公共政策論、国土・都市計画論.著書は「大阪都構想が日本を破壊する」「凡庸という悪魔~21世紀の全体主義」等多数。
Thinkstockphotos/Getty Images

「洒落にならん」(笑)と「マジ洒落にならん」(怒)の雲泥の差

筆者の藤井聡教授

関東など、よその地域の方には分かっていただけないのかも知れないが、「おもろい事」を大切にする関西の風土、とりわけ、大阪の文化は本当に素晴らしいものだと思う。

まじめ過ぎる事でオカシクなっていることが山ほどあるのが今の日本だからだ。そんな時、要所要所で笑いを入れていけば、物事が驚くほどスムースに流れ、活力が生まれていく。

そんな関西、大阪には、「笑い」を演出する代表的なテクニックの一つに「そりゃ、洒落にならんで(笑)」とツッコミを入れる、というのがある。

少々不適切な振る舞いがあっても、「それ洒落にならんで(笑)」とツッコミ一発で、「洒落=笑いにしてしまう」というテクニックだ。だから、大阪の盛り場では「洒落にならん(笑)」という台詞が一晩中飛び交っている。

しかし時には度を越すこともある。いわゆる「ふざけ過ぎ」という奴だ。その時の大阪人の反応は早い。ついさっきまで笑い顔だったのに、急にまじめな顔になり、低めのトーンで次のように突っ込む。

「おい、それはマジで洒落にならんわ(怒)」

「大阪都構想」はまさに今、この「マジ洒落にならんわ(怒)」というツッコミがガッツリに入れられている状況なのである。

通常、こうしたツッコミを入れられる方は、まさか、それが一線を超えているものだとは思っていない。ふざけている時には、往々にして「一線」がどこにあるかが見えずらいからだ。

しかし、他人には「一線」がどこにあるかが冷静に見えている。だから、やり過ぎた奴、ふざけすぎた奴が居たときには、ガッツリと「マジで洒落にならん」と突っ込む事ができる訳だ。

今回の都構想が、一体どういう一線越えなのかといえば、それは、「市民の暮らしを支えてきた『大阪市という自治体』をつぶそうとしている」ところにある。

事実、前回の原稿(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43312)でも紹介したが、僅か1週間の呼びかけで集まった100以上のあらゆる分野の学者が、一斉にこの「大阪市の解体=都構想」に対してダメ出しをしている。

108名全員の所見についてはこちら(http://satoshi-fujii.com/scholarviews/)をご覧いただくとして、その中から一つだけ、神戸大学名誉教授の都市計画の早川和男氏(環境都市計画)の所見をご紹介しよう。

「「都構想」は市民社会の基盤を弱体化させる。自治は制限され、安全、医療、福祉、生活環境の水準は低下し、公営住宅入居も一層困難になろう。政令指定都市である大阪市の廃止は、市民の暮らしを損なうことになる。」

そもそも、「市」という仕組みは、「市民の命と暮らしの砦」(宮入興一・愛知大学名誉教授・地方財政学)だ。だから「市をつぶす」(そして、特別に自治の弱い特別区にする)という都構想が実現すれば「自治が制限される」のは必定だ。

そしてそうなれば、自分たちのための行政は自分の思いではなくどこか余所の人の都合に左右されるようになる。いわば、自分の家の事の色々な事を隣の家族やよその親戚の都合で決められるようになって行くようなものだ。毎晩の夕飯の献立が隣のオッサンの気分で決められたんじゃぁ、幸せな家庭なんてできるはずもない。

だから大阪市を潰せば、もう大阪市民は自分たちの豊かな暮らしをまもり続ける行政そのものが、もうできなくなるのだ。

そしてそれをよく知る「行政」を専門とする学者たちは、都構想でできあがる東京の都区制度なるものは「すでに失敗している」(白藤博行・専修大学教授・行政法)と言い、「最悪の制度」だと言い(菅原敏夫・法政大学元非常勤講師・地方財政学)、「粗悪品」(堀雅晴・立命館大学教授・行政学)だと辛辣に批判しているのである。

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