1兆4000億円超の被害、農水省試算
地域の基幹産業への深刻な打撃[農漁業]
津波の被害を受けた岩手県釜石市の箱崎漁港。定置網漁の漁具倉庫を片づける漁師たち=4月18日

 東日本一帯を襲った未曽有の大震災。原発事故も加わって被害は今も広がり続ける。特に大打撃を被ったのは地域の基幹産業とも言うべき漁業と農業だ。青森から千葉にかけての漁港・漁村に壊滅的な被害が生じ、農地の冠水や放射能汚染で多くの農産物の作付けや出荷ができなくなった。言われなき風評被害直面し、絶望のふちに追い込まれた農漁業者。荒涼とした風景が広がる被災地の復興は、従来と同じ発想ではできない。

 農林水産省が4月18日現在でまとめた農林水産関係の被害は1兆4329億円。内訳は水産関係が6026億円、農地・農業用施設が6807億円、農作物などが482億円、林野関係が1015億円に上る。

 このうち漁船は1万8959隻、漁港は315港が被災。農地は2062カ所、農業用施設は1万546カ所が損壊した。衛星写真からの大ざっぱな推定だが、津波などで被災した農地の面積は約2万3600ヘクタール。宮城県では全農地の11%にあたる1万5000ヘクタールが駄目になった。福島県は4%の5923ヘクタールだが、ここに原発事故による放射能汚染や避難指示で作付けできなくなった農地は含まれていない。

 被害データ自体が物語るように、被災地は日本有数の農業・漁業地帯だ。漁業なら、サンマ、カツオ、マグロ、カキ、ワカメなど多くの水産物の漁獲量で上位を占める。他県の漁船が利用する拠点港も多く、影響は地元にとどまらない。

 農業でも存在感は大きい。岩手、宮城、福島、茨城、千葉、青森6県を合わせたコメ収穫量(10年産)は218万2600トンと全国の4分の1を占める。コメは生産調整(減反)をしているため、他の地域で増産すればコメ不足になる心配はないが「ひとめぼれ」や「コシヒカリ」といった高級銘柄米の多くを生産する南東北・北関東で生産が大幅に減れば、食卓への影響は避けられない。

 追い打ちをかけたのが福島第1原発の放射能漏れ事故だ。大気中に放出された大量の放射性物質が福島、茨城、栃木、群馬、千葉の各県で多くの野菜や牛乳を汚染した。原発事故発生を受け、厚生労働省は急きょ食品衛生法上の暫定規制値を設けたが、これを農産物の検査結果に当てはめた結果、一時は福島・茨城・栃木・群馬の4県のホウレンソウ、福島・茨城両県の原乳(搾ったままの牛乳)などが相次いで出荷停止処分とされた。

 もちろん、原発から半径20キロ圏の避難指示区域などでは農作業ができないが、政府が実際の汚染度に応じて20キロ圏外にも「計画的避難区域」などを設けたことで、更に影響が広がった。

風評被害が追い打ち

 また、出荷停止指示は当初、県単位で発動されたため、原発から100キロ以上も離れた福島県会津地方の野菜や原乳までが出荷できなくなるなど混乱した。そして、出荷停止対象外の野菜まで「福島産」や「茨城産」だというだけで市場での買い取りを拒否されるなど風評被害が発生した。

 もう一つ、農業関係者が不安を募らせるのは放射性物質による土壌汚染だ。野菜の表面に付いた放射性物質は洗えばかなり減らすことができるが、大気中から地面に降下する放射性物質は累積し、作物に吸収されていく。農水省は過去の研究データから、土壌1キログラム中に5000ベクレルを超える放射性セシウムが含まれる場合はコメの作付けを制限することを決定。福島第1原発に近い福島県内のいくつかの市町村(の一部地域)がこれに該当する見通しで、田植え時期を目前に農家は焦燥感を強めている。

 放射性物質を含む汚染水の放出が続く中、漁業にも深刻な影響が出ている。震災後、福島県では全面的に操業が停止されているが、隣の茨城県で漁獲されたコウナゴからも高濃度の放射性ヨウ素などが検出され、厚労省はやはり後追いで規制値を設定。政府による出荷停止指示は出ていないものの、漁業者は旬のコウナゴ漁自粛を余儀なくされた。

 しかも、安全なはずの水産物まで茨城県産というだけで買い取りを拒否されたり、漁港での荷揚げを断られるといった事態が生じ、やはり風評被害が深刻化した。

 政府は今後、第1次、第2次の補正予算で被災地の復旧と復興に取り組む予定だが、農林水産関係だけでも課題は山積している。水産関係では、がれきで埋まった漁港や荷揚げ場、冷蔵庫などの流通加工施設を応急的に修復し、被災した漁民が日銭を稼げるようにすることが急務。漁船の新造も公的な支援なしには難しい。

 津波などの被害を受けた農地も復旧は容易ではない。がれきや土砂の撤去にとどまらず、土壌に残った塩分を取り除かなければ作物は育たない。大量の真水を注いだり、石灰系の土壌改良剤を入れて除塩する方法はあるが、用排水の設備復旧が前提となるため、かなりの田畑が今年の作付けを見送らざるを得ない見通しだ。

 放射性物質で汚染された農地はもっと深刻だ。放射性セシウムの半減期は30年と長く、そのままだと相当の期間、作付けができなくなる。土壌の入れ替えはコストが高く、ヒマワリやナタネなどの植物に放射性物質を吸収させる方法は時間がかかるなど一長一短だ。

 こうした復旧以上に難題なのが中長期的な地域の再生策だ。政府は被災地を「食料供給基地」と位置づけ、攻めの復興構想を掲げているが、いまだ抽象論の域を出ていない。

 日本の農漁業は就業者の高齢化と後継者不足という深刻な現実を抱えており、震災を契機に引退する農漁業者が続出しかねない状況だ。「被災廃業」を最小限にとどめ、地域の外からも後継者を呼び込むことができるかどうかが分かれ目になる。政府内には「ピンチをチャンスに転じ、一次産業の効率化を」と意気込む向きもあるようだが、失敗すれば日本の農漁業衰退に加速度がつくだけだ。

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