読書人の雑誌『本』
「眠り」に悩みを持つ方へ。「睡眠障害のしくみ」を知り「本当によい睡眠」を取り戻そう!櫻井武・著『睡眠障害のなぞを解く』

SLEEPをめぐる冒険

(文・櫻井武)

眠れないときに「羊が一匹、羊が二匹・・・・・・」と数えるとよいという話は比較的広く知られているようだ。ロバート・ベンチリーが自作自演した古い短編映画に『眠る方法 How to Sleep』(1935)という作品がある。明日にそなえて眠りたいのにどうしても眠れない主人公の、眠るための儀式をユーモアたっぷりに描いた作品である。その中にもこんなシーンがある。

「目をつむって、つぎつぎと柵を飛び越える羊の数を数えると、自然に眠れるという俗説がありますが、それは間違いです。そのわけは、柵を飛び越えられない羊がいたらどうしようかと悩んで眠れなくなってしまうからです・・・・・・」

確かに眠れない夜、私たちの思考は、細かなことに取りつかれ、ますます頭が冴えていく。そして、「眠れないこと」そのものに焦りを感じ、どんどん眠れなくなっていく。みんなは安らかな夢の中だというのに、自分だけがおいてきぼりを食ってしまったような焦り・・・・・・。床の中で、意味のない考えがとりとめもなく脳裏に次々と浮かんできて、消すことができない。カチカチという時計の音が妙に気になってしまい、それが心を刺激する。眠れる時間がどんどん少なくなるという焦りがさらに不眠を生む。おまけに翌朝は「眠れなかった」というなんとも言えない挫折感が加わりさらに気持ちは沈む・・・・・・。

不眠に悩む方々が過ごす辛い夜はこんな感じだろう。

私は睡眠をテーマにした講演をすることも多いが、よく脳をコンピューターに例える―パソコンにオンとオフのスイッチがあるように、脳にも覚醒と睡眠のスイッチがあるのです―。

確かにわれわれの脳は、覚醒モードと睡眠モードの間の切り替えスイッチを持っている。しかし、パソコンと異なり、脳のスイッチは、簡単に切り替えられるとは限らない。「眠りたいのに眠れない」という体験が人生において一度もなかった、という人はまずいないだろう。だが、それが連日つづくとなると、その苦痛は相当なものになる。

健康な人であれば、「眠れない」というのは、翌日に一大イベントを控えた晩であるとか、ストレスの原因になる仕事を抱えているときくらいのものであろう。しかし、毎日のように眠れないという人がたくさんいる。それが三ヵ月間以上にわたってつづくと不眠症ということになる。どうしてそんなことになってしまうのか。

人は、安全が確保されて、興味を惹かれることもなくなれば、覚醒している必要がなくなって眠れるようにできている。長い一日を終えて寝室に入り、ベッドに横たわる。本来であればこんなに幸せなシチュエーションはないはずだ。誰にも邪魔をされない寝室という空間で、安心してぐっすり眠れるはずなのだ。すべての心配事を忘れて夢の世界へ旅立つわけだから、心安らかなことこの上ないはずである。しかし、不眠に悩む人にとっては、寝室そのもの、あるいは眠るという行為自体さえもが不安や恐怖の対象になる。

「今日もまた眠れないのではないか・・・・・・」

そんな心配が脳裏に浮かんで、冒頭に述べたように次々ととりとめもない思考が睡眠を邪魔していくことになる。実は、これは寝室という場所や眠るという行為と眠れないことに伴う苦痛を結びつけて学習してしまった結果なのだ。

私はこれまで、眠りは心身のメンテナンス機構だから、眠りを大切にしなさい、と言ってきた。たしかに、世ではさまざまな睡眠不足のリスクが指摘され、日本人は世界でも特に睡眠時間が短いと言われている。成人の5人に1人が不眠に悩み、20人に1人が睡眠薬を使っているといわれる現代。睡眠不足に起因する事故もあり、睡眠の問題は個人の健康に影響があるだけではなく、社会全体にも影響を及ぼす。睡眠にこだわる人も多いと見え、ネット上にはいろいろと睡眠に関する言説があふれ、“快眠グッズ”もたくさん売り出されている。