「この銀座を世界中の美しい品物でいっぱいにする」---サンモトヤマ会長・茂登山長市郎氏に訊く、銀座の過去・現在・未来
渡辺新『銀座・資本論』より
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はじめに

銀座は商業において、日本の近代化をリードしてきた街です。文明開化。横浜港に外国から船が着く。横浜で汽車に載せた荷物が、新橋に入る。その最新で最高の品物が、銀座の店頭に並んで、お客様の目に楽しませる。銀座には常に最先端の品物があって、日本中から新しい商売を求めて人が集まりました。

江戸中期から日本の近代化は進んでいた、という見方もありますが、本格的に西洋型近代化が進んだのはもちろん、明治になってからです。その後、大正、昭和と国をあげて近代化を推し進め、日本は世界中が驚くほどの成長を短期間で成し遂げました。

しかし、平成に入るあたりからどうも元気がない。みんなの顔色も悪いし、将来の景色もパッとしない。どうやって次の時代に向かっていくのかの具体策もはっきりしない。それはきっと、日本の近代化の総括が終わっていないからかもしれません。"ポスト・モダン"なんて良く言われますが、実際のところモダンの総括すら済んでいないと思います。

ならば、「先輩たちに聞こう」と、ひらめきました。幸い銀座には、素晴らしい先輩たちがいます。何十年も商売の最前線で大活躍されている先輩こそが、この街の財産です。こうして、"師匠探しの旅"が始まりました。

近代化では、"無駄は極限まで省かなければ"なりません。でも先輩は「一見無駄に見える事が、強い力になってくる」とおっしゃる。近代的な業務では、"仕事は均一で標準化されていなければならない"。でも銀座では「職人それぞれのお寿司の握りが違っている、その個性が大切だ」となる。どちらも正解なのでしょう。近代化には近代化の道理があるし、永年、日本文化の中で育んできた知恵も同じように筋が通っている。

80代の、おでん屋さんの石原先輩は「結局、親父の言っていたことが正しい。やっと、この年になって分かった」と言っていました。そのように、永年、文化の中で育んできたストーリーは、理論的にその場で説明する事が難しい。けれども真理を含んでいる。

結局、いま我々がやらなければならない事は、何千年も培ってきた日本文化の文脈のなかで近代化を捉え直すこと。近代化の意味を完全に消化吸収して、この日本において、これからも継続可能な形に仕立て直すことかもしれません。その総括をせずに次の時代の扉を開けることはできないと思います。

資本をめぐる社会格差の問題、原子力発電等のエネルギー問題、少子高齢化と社会保障の問題など、考えなければならないテーマは山積みです。今回、『銀座・資本論』という大げさなタイトルをつけさせていただきました。深い意味はありません。今、日本のみならず、世界中で継続可能な経済や社会についての議論が高まっています。子供の世代も、孫の世代も笑顔で暮らせる社会を目指して、そのための"社会資本"や"経済資本"とは何か?

銀座の先輩たちから伺う話の中に、ヒントがあるのではと思い、本にまとめさせていただきました。そして、ひと目で銀座の過去・現在・未来を象徴する場所といえば、銀座4丁目交差点、和光をおいて他にありません。そこで、篠山紀信先生にお願いをして、カバーの写真を撮っていただきました。

街を共通の漁場として捉え、捕獲だけで漁場が枯れてしまわないように、銀座の街に対しての種まきを忘れない先輩たち。人材を街の共通資本として大切に扱い、たとえ他の店の息子にでも真剣に怒ったり、親身で相談にのってくれる親父さん達が銀座にはたくさんいます。

家族や、街の濃い人間関係、そしてその文化・伝統といった、市場では数値化しにくい価値が銀座の面白さです。経済から温度が失われつつあるいま、社会からも体温が失われてしまって良いものか? せめて、"商い"の現場だけは笑顔を失わず、熱い想いをもって続けていきたいと思っています。

2015年3月  壹番館洋服店 渡辺 新