魚住りえ 第2回
「ピアノの道は諦めてしまったのですが、今度は自分が楽器になれば愉しいんじゃないかと思ったんです」

撮影:立木義浩

第1回はこちらをご覧ください。

シマジ 魚住さんがアナウンサーになろうと決心したのは、高校生のころですか?

魚住 そうなんです。高校で放送部に入りまして、高3のときにはNHK杯全国高校放送コンテストにも出場しました。

シマジ さすがはNHKですね。第2の志村正順や羽佐間正雄をひそかに高校生のなかから探しているんでしょうね。

魚住 スポーツアナの羽佐間さんのことは存じ上げておりますが、志村さんとはどういうお方ですか?

シマジ タッチャン、聞いた? あのNHKの天才アナウンサー、志村正順のことを同業の魚住さんが知らないんだよ。

立木 バカ、当たり前だろ。ヒノだって聞いたこともないだろう? おれは懐かしいけどね。志村さんはなんともいえない美声の持ち主だったし、いまのアナウンサーと違って実況中継の語彙がとても豊富だったよな。おれたちの時代のスポーツアナのヒーローだったね。

シマジ タッチャン、じつはおれは志村さんが92歳のころ、羽佐間さんと一緒に藤沢のご自宅まで会いに行ったことがあるんだよ。92歳になられてもお洒落で格好よかった。少年時代の憧れのスターを目の前にして、おれは思いの丈を滔々と語ったんだ。志村さんも目を輝かせて応えてくれた。あのときは嬉しかったし、愉しかったし、じかあたりしてホントによかったと思いました。

立木 そのときは誰か編集者が同行したのか?

ヒノ 多分うちのセオですよ。

シマジ ご明察。あいつがまだ現代ビジネスを始める前のことで、当時の肩書きは『月刊現代』の副編集長だったかな。でもそのときのいきさつは語るも涙の物語ですよ。タッチャン、聞いてくれますか?

立木 聞いてるよ。