『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』 本質にいたる思考

レビュアー:村上 浩

コンテンツとはそもそも何なのか、クリエイターはどのようにコンテンツを生み出しているのか、1億総クリエイター時代にコンテンツはいかにして差別化されるのか、そして天才クリエイターは通常のクリエイターと何が違うのか。スタジオジブリで「プロデューサー見習い」として過ごした著者が、「コンテンツとは何か」と問い続けた体験をもとに、これらの疑問に答えを出していく。

ジブリでの体験やアニメーター達との対話が本書のベースになってはいるが、著者の提示するコンテンツの本質はアニメに限定されない普遍的なものであり、いわゆるクリエイターだけでなく、情報を取り扱うどのような人にも多くの示唆を与えてくれる。コンテンツの本質を理解することは、ビジネスメールの書き方や映画の観かたなど、あなたの仕事や普段の生活まで変える可能性を持っている。

この本には、本質へ迫るための、著者の思考過程が丁寧に描写されている。そのためコンテンツに対する深い理解を与えてくれるだけでなく、曖昧でとらえどころのない対象を整理・分析して本質へとたどり着く著者の思考法も堪能することができる。数多く引用されるアリストテレス、宮﨑駿、高畑勲、庵野秀明、鈴木敏夫など、歴史に名を残すクリエイターたちの言葉やエピソードだけでなく、著者がそれらの言葉の真意を丁寧に解きほぐしていくことで思考の深度を深めていくプロセスも、本書の読みどころとなっている。

コンテンツを、その原義にさかのぼり「メディアに載っかって伝えられる情報の中身」と言い換えただけでは、本質にはたどり着けない。考えを広げようとしても、コンテンツとメディアの境目はどこにあるのか(DVDパッケージのデザインはコンテンツだろうか?)、コンテンツの二次利用によって生み出されたコンテンツはオリジナルとどのように異なるのか(映画『もののけ姫』を利用したフィルムコミックはオリジナルの映画と何が違うのか?)など、次々と疑問が沸き起こってくるだけだ。どうすれば、コンテンツの全体像に迫ることができるのか。

2000年以上も前に、アリストテレスが道すじを示していたと著者はいう。なぜ、アニメや映画はおろか印刷技術すら存在しない、コンテンツに乏しい時代の哲学者の言葉が役に立つのだろう。それは、現代を生きる我々があまりにも多くのコンテンツに囲まれ、コンテンツが当たり前になりすぎているからだ。著者は、「コンテンツが生活のなかでは珍しい貴重なものであった時代の人のほうが、コンテンツとはなにかという本質について、きちんと考えていたのではないか」と説く。

アリストテレスは、『詩学』においてコンテンツはすべて現実世界の再現(模倣)であると喝破する。そして、現実の再現たるコンテンツは、(1)メディア(2)対象(3)方法の3つの点で分類されるという。例えば、コンテンツを載せるメディアや再現の対象が同じでも、再現方法が異なれば別のコンテンツであるということは、何度もリメイク映画が作成される『レ・ミゼラブル』などを考えても明らかだろう。詳細に検証すればするほど、アリストテレスのコンテンツの定義がいかに正確であるかが明らかになってくる。これをベースに著者は、以下のような定義を提案する。