【舛添都知事日記】「民主主義の学校」の危機を打開するために必要なこと
ひと月ぶりに復帰した庁議会にて (東京都ホームページより)

現代の政治家は、政治家稼業で飯が食えなければならない

4月28日に退院し、30日から都庁での公務を再開した。4月1日に入院したので、1ヵ月ぶりである。季節は、桜からツツジへと変わっており、暑いくらいの陽気になっている。衣装も、冬服を片付け、夏服を引っ張り出して、5月からのクールビズに対応している。

1ヵ月間の入院中は、時間がたっぷりあったので、都政や国政、さらには政治家のリーダーシップについて、ゆっくりと考えることができた。たまたま統一地方選挙の時期であったため、病室からその展開を眺めていたが、「民主主義の学校」(ジェームズ・ブライス)と言われる地方自治が危機的な状況にあるようで心配になっている。

それは、地方議員になり手がなく、無投票選出が増えていることである。この担い手不足は、地方政治の世界へ優秀な人材が入ってこなくなっているということであり、それは、国政レベルを含めた政治全体についても言えるのではないか。

かつてのような名望家支配の時代と異なり、今日では「職業としての政治家」が選挙によって選ばれ、政治の舵取りをする。つまり現代の政治家は、政治家稼業で飯が食えなければならないのだ。

ところが、たとえば北海道東部の置戸町では、町議の報酬が月額17万6千円だという。若い世代は、この報酬では家族を養っていけないため、「30代から40代前半ぐらいで選挙に出ようという人がいない。自営業や年金で生活できる人ばかりだ」という(『読売新聞』4月18日)。このような観点からは、地方議員の報酬を引き上げることを考えねばなるまい。しかし、報酬を引き上げたからといって、すぐに優秀な人材を調達できるわけではない。

政治家はリーダーであり、世の中を変えることができるという認識が広く共有されないかぎり、政治家志望の若者は増えない。政権を交代すれば世の中がよくなるという希望を打ち砕いたのが、3年余にわたる民主党政権であった。今は、自民党一強で、各種世論調査の結果を見ても、政党支持率では自民党が4割近くで、他の政党を大きく引き離している。これでは、政治に対する熱狂は生まれないし、投票率が低迷するのは当然である。民主党をはじめとする野党の奮闘が望まれる。