大塚英樹の「成功するトップの絶対条件」=8
金川千尋(信越化学工業会長)
組織を変えるヒマがあれば、人材を考えよ

危機をチャンスに変えた好調企業のトップたちは、どこが違うのか? なぜ、このトップたちは、会社を成功させ続けることができるのか? 500人以上の経営トップに密着したジャーナリスト・大塚英樹氏の近著『「使命感」が人を動かす 成功するトップの絶対条件』で明かされた、11人のトップそれぞれの「答え」とは何か? 短期連載でお届けする。第8回は信越化学工業の金川千尋会長に学ぼう。

少数精鋭のプロ集団

 金川千尋の掲げる経営ビジョンは、「世界に通用する企業になる」である。

金川千尋(かながわ・ちひろ) 信越化学工業代表取締役会長。1926年、日本統治下の朝鮮・大邱に生まれる。東京大学法学部卒業後、極東物産(現三井物産)を経て、1962年、信越化学工業に入社。1978年、塩ビ事業の海外子会社、米国シンテック社長に就任。塩ビ事業を世界最大規模に成長させる。1990年、シンテック社長と兼務で信越化学工業代表取締役社長に就任。2010年より現職。 photo 岡田康且

 そのビジョンは見事に実現され、信越化学は塩ビと半導体シリコンウエハーで世界1位、シリコン樹脂は日本で1位、電子材料、有機合成も世界的高シェアを堅持する優良企業になった。

 金川と信越化学が、新規事業に注力すると同時に、技術力と生産性の向上に一所懸命に努力してきた結果である。

とりわけ金川が腐心してきたのは生産性向上で、それは合理化を徹底的に追求するという考え方で達成してきた。

 金川流マネジメントの最大の特徴は「少数精鋭主義」にある。

 その集大成とも言うべき会社が、米国の塩ビ製造販売子会社「シンテック」だ。

 前述したように、売上高2956億円、年産263万トンの世界№1の塩ビメーカーにもかかわらず、従業員はわずか約50人。代金回収はすべて金川の秘書が兼務でこなし、経理・財務も数人で行うといった具合に、極限まで合理化している。

 その結果、経常利益率19.9%(13年12月期)という利益力世界一の会社になった。合理性を追求してきたシンテックこそ、金川流の原点となった会社であり、信越化学の成長モデルとなった会社なのだ。かつて金川は人材について私にこう語った。

「少数精鋭を徹底することが最重要。社長になったときに真っ先に手を付けたのが『人』の問題で、毎年600人採っていた新卒採用を一気にゼロにしました。明らかにムダな人員を採用していたからです。要らない人は採らない、要らない組織はつくらない。経営の原理原則です」

 因みに、同社のここ数年の新卒採用は研究・製造部門を中心に毎年60人前後である。

 金川は、少数精鋭を実現するにはプロの人材を育てることだと明言する。それには長く一つの仕事を担当させ、その分野の能力を磨いてもらうのが合理的だと訴える。

 興味深いのは、部門間の異動はムダであり、意味なく人をローテーションさせる定期的な異動は最も悪い人事だと考えていることだ。

「営業の場合、顧客企業との信頼関係という貴重な無形資産を築くのに10年、20年かかる。それなのに頻繁に担当者を代えるのは大きなマイナスだ」(『毎日が自分との戦い』)

「仕事は自ら切り開くしかない」「人は自らが学んで実践しようという気概がなければ、どんな教育のお膳立てをしても役立たない」「会社にできることは社員に仕事のチャンスを与えることだけだ」と、金川の考え方は至って明快だ。金川が言う。

「経営者の仕事は社員に仕事のチャンスを与え、伸びる人間を見つけることです。その結果が成功ならば、さらに重要な仕事をやらせてみる。失敗なら、できる人に交代させる。必要なのは実務教育で、一般論や精神論は要らない」

 もう一つの特徴は、無駄の排除の徹底化だ。例えば会議。3分の1に激減させ、取締役会の時間も、6~7時間から3時間に短縮した。さらに、出席者も現場に精通した専門家だけにした。

 圧巻は中期計画づくりの中止である。金川は私に語った。

「ムダの最たるもの。中期計画をつくるために工場から何人もの人間が集まりますが、1年先の状態がわからないのに3年先が誰に読めるか。売り値を高くして原価率を下げればいくらでも帳簿上の利益は書ける。仮定に基づいた計画を作って喜んでいるヒマがあったら、別のことに時間を使ったほうがよっぽどマシだ」

 カンパニー制の導入など、組織改革で企業活性化を図る考え方に対しても否定的だ。

「組織を変えるには1時間もあれば充分。しかし、組織を変えても業績は伸びない。仕事を伸ばすのはあくまで人の力で、人材をいかに育てるかに目を凝らすのが経営者の役割。人が育つには5年、10年の歳月を要する。組織をいじるヒマがあれば、それよりも、少しでも人材のことを考えるべきだ」

 今後、この金川流が同社内でどう継承されるかが注目される。

「使命感」が人を動かす
著者:大塚英樹
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喜び、苦悩、決断、夢、志、失敗と成功・・・15人のトップから、生き抜く知恵が見えてくる

登場するトップは以下のとおり。志太勤(シダックス取締役最高顧問)、鳥羽博道(ドトールコーヒー名誉会長)、飯田亮 (セコム取締役最高顧問)、塚本能交(ワコールホールディングス社長)、櫻田 厚(モスフードサービス会長兼社長)、茂木友三郎(キッコーマン名誉会長)、堀 威夫(ホリプロ ファウンダー最高顧問)、伊東信一郎(ANAホールディングス社長)、松本南海雄(マツモトキヨシホールディングス会長)、金川千尋(信越化学工業会長)、根岸秋男(明治安田生命社長)、大野直竹(大和ハウス工業社長)、新浪剛史(サントリーホールディングス社長)、正垣泰彦(サイゼリヤ会長)、小林章一(アルビオン社長)。この15人に生き抜く知恵を学ぼう。(肩書は本書出版時のもの) 

大塚英樹(おおつか・ひでき)
1950年、兵庫県に生まれる。ジャーナリスト。テレビディレクター、ニューヨークの雑誌スタッフライターを経て、1983年に独立してフリーランサーとなる。以来、新聞、週刊・月刊各誌で精力的に執筆活動を行い、逃亡中のグエン・カオ・キ元南ベトナム副大統領など、数々のスクープ・インタビューをものにする。現在は、国際経済を中心に、政治・社会問題などの分野で幅広く活躍する。これまで500人以上の経営者にインタビューし、とくにダイエーの創業者・中内功には1983年の出会いからその死まで密着を続けた。著書には『流通王――中内功とは何者だったのか』『柳井正 未来の歩き方』『会社の命運はトップの胆力で決まる』(以上、講談社)『続く会社、続かない会社はNo.2で決まる』(以上、講談社+α新書)などがある。

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