大塚英樹の「成功するトップの絶対条件」=6
伊東信一郎(ANAホールディングス代表取締役会長)
「サービスが先、利益は後」の使命感

危機をチャンスに変えた好調企業のトップたちは、どこが違うのか? なぜ、このトップたちは、会社を成功させ続けることができるのか? 500人以上の経営トップに密着したジャーナリスト・大塚英樹氏の近著『「使命感」が人を動かす 成功するトップの絶対条件』で明かされた、11人のトップそれぞれの「答え」とは何か? 短期連載でお届けする。第6回はANAホールディングスの伊東信一郎会長社長に学ぼう。

「サービスが先、利益は後」の使命感

 持続的に繁栄している企業の経営者は必ず、強い使命感を持ち、それに支えられた情熱を持っている、とこれまで何度か述べてきた。

伊東信一郎(いとう・しんいちろう) ANAホールディングス代表取締役会長。1950年、宮崎県出身。九州大学経済学部卒業後、全日本空輸に入社。人事部を皮切りに、営業、整備管理、ダイヤ編成 などの現場を経て、1999年より社長室事業計画部長、2001年より人事部長などを歴任。2007年、代表取締役副社長。2009年、代表取締役社長。 2013年よりANAホールディングス代表取締役社長、全日本空輸取締役会長。2015年現職に。 photo 菊池修

 使命感がなく、野心だけでトップになった人間は、権力を握った瞬間から必ず堕落する。

 では、使命感はどこから生まれるのか。

 オーナー経営者の場合、意思決定の責任の所在が自分にあることから生まれる。

 決めるべき人はオーナーで、責任を取るべき人もオーナーであるからだ。一方、サラリーマン経営者の場合、使命感は「世の中、社会のため」という企業文化から生じる。

 伊東信一郎は、「世のため、人のため」という創業以来の企業文化を継承するための使命感を持っている。

『安心と信頼を基盤に世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します』という理念を唱え、「安全は絶対的な使命」と不断の努力を続けているのも、『ANAグループは、お客様満足と価値創造で世界のリーディングエアライングループを目指す』というビジョンを掲げ、その実現に向けて邁進するのも、すべて使命感からである。

 企業にとって、「世のため、人のため」の仕事とは、寄付など一過性の社会貢献を意味するのではない。

 自社の製品やサービスを顧客に提供することを通じた世の中、社会への継続的な貢献である。そのためにはまず、必要な利益をきちんと取ることが、絶対条件となる。

 その点、伊東は、「企業とは利益を上げることを通じて長期にわたり社会に貢献することを目的とする組織」という企業観を持つ。

 利益は目的ではなく、手段として必要と考える。

「サービスが先、利益は後」、つまり顧客が満足するサービスを提供すれば、利益は自然とついてくると考えるのはそのためだ。

 会社の存在意義は、顧客にとっての付加価値を持続的に提供することにある。

「顧客=提供する製品やサービス市場」をないがしろにする企業は、存在価値がない。顧客に評価され、市場に受け入れられる企業は生き残り、そうでない企業は退出させられる─。

 伊東が、サービスの品質や顧客満足度にこだわる所以だ。

 2013年、ANAが航空会社の品質を評価している英スカイトラックスから五つ星の航空会社に認定されたときは、喜びを隠さなかった。

「これは日本初、世界でも七社目という快挙。その評価は、プロダクトだけでなくサービス品質を対象としたお客様満足度調査となっていることから、非常に価値ある結果と自負している」

 経営者の重要な使命は、創業理念に基づく企業文化の継承だ。

 初代社長の美土路昌一は、「和協」の精神を説いた。航空会社はパイロット、整備士、CA、地上サービス職員など様々な職種から成り立っている。これらの人々をいかに協力・協調させ、団結させるかが経営の鍵と訴えた。

 つまり、能力ある個性豊かな人材が常に切磋琢磨しながら全員参加で議論を尽くし、和をもって組織の力を最大限に高める─。

 この和協の精神が、ANAを救ってきた。ロッキード事件、航空事故、テロや紛争、感染症、世界同時不況など……、苦境に陥るたびに全社員が一丸となって克服してきたのは、和協の企業文化が生きていたからこそである。

 もう一つ、ANAの大きな財産は、「パイオニア精神」の企業文化だ。

 B787のローンチカスタマー(次世代の航空機を最初に発注し、共同開発を行う顧客)、日本が誇る日本の価値を国内外に発信する「Tastes of JAPAN by ANA」、ユナイテッド航空及びルフトハンザ航空との共同事業、LCC「バニラエア」運航、タイでのパイロット訓練事業……などはパイオニア精神が発揮された証左だ。

 常に社員が「このまままではいけない」「何か改善していこう」という気持ちを共有していることの表れだ。それは社員が「世のため、人のため」に仕事をしているという意識を持っているからこそ可能となる。

 この“使命感の企業文化”を継承するため、伊東は今後、どうやって個々の社員を動機づけ得るのか。

 それは、社員の中にある「幸福運命共同体」的意識をどう醸成していくかにかかっている。

「使命感」が人を動かす
著者:大塚英樹
刊 / 定価:1500
円(税抜)
Amazonはこちら
 

喜び、苦悩、決断、夢、志、失敗と成功・・・15人のトップから、生き抜く知恵が見えてくる

登場するトップは以下のとおり。志太勤(シダックス取締役最高顧問)、鳥羽博道(ドトールコーヒー名誉会長)、飯田亮 (セコム取締役最高顧問)、塚本能交(ワコールホールディングス社長)、櫻田 厚(モスフードサービス会長兼社長)、茂木友三郎(キッコーマン名誉会長)、堀 威夫(ホリプロ ファウンダー最高顧問)、伊東信一郎(ANAホールディングス社長)、松本南海雄(マツモトキヨシホールディングス会長)、金川千尋(信越化学工業会長)、根岸秋男(明治安田生命社長)、大野直竹(大和ハウス工業社長)、新浪剛史(サントリーホールディングス社長)、正垣泰彦(サイゼリヤ会長)、小林章一(アルビオン社長)。この15人に生き抜く知恵を学ぼう。(肩書は本書出版時のもの) 

大塚英樹(おおつか・ひでき)
1950年、兵庫県に生まれる。ジャーナリスト。テレビディレクター、ニューヨークの雑誌スタッフライターを経て、1983年に独立してフリーランサーとなる。以来、新聞、週刊・月刊各誌で精力的に執筆活動を行い、逃亡中のグエン・カオ・キ元南ベトナム副大統領など、数々のスクープ・インタビューをものにする。現在は、国際経済を中心に、政治・社会問題などの分野で幅広く活躍する。これまで500人以上の経営者にインタビューし、とくにダイエーの創業者・中内功には1983年の出会いからその死まで密着を続けた。著書には『流通王――中内功とは何者だったのか』『柳井正 未来の歩き方』『会社の命運はトップの胆力で決まる』(以上、講談社)『続く会社、続かない会社はNo.2で決まる』(以上、講談社+α新書)などがある。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら