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クルマ界歴史の証人 トヨタの新車開発秘話 初代ソアラの開発主査 PART2-2

岡田氏の妥協のないこだわりがヒットに結びつく

こうして名前もマークも決まり、大阪モーターショーでは大きな反響を得て初代ソアラは1981年2月にデビューすると、もっとも高価な2800GT エクストラがどんどん売れた。300万円に届こうかというモデルがなんと7割ぐらいを占めた。それまで排ガス規制でがんじがらめになっていたクルマしかな かった時代に、2・8ɜの直6DOHCを積んだクーペが登場したのだから驚きだっただろうし、市場が渇望していたクルマだったんだ、と感じた。私の思いが 通じたと確信できた瞬間であり、ようやく胸をなで下ろすことができた。

トヨタ店とトヨペット店の両方で発売したのだが、当初からとにかく凄かった。今でもあんなに賑わったディーラーを見たことはない……というほどの盛 況ぶり。それもお客様たちが自分からディーラーにやってくる。「このクルマは値引きできないんですよ」というと、客が「わかりました」と納得して買ってく れる。100万円弱のカローラを1台売るためには、何度も家を訪問し、値引きは当然、オプションやサービスも付け、本当に苦労しながら商談がようやく成立 するのに、ソアラは販売するコストがほとんどかからないといわれるほど売れた。少し経過してから私は全国の主要ディーラーを巡ったが、各ディーラーの社長 からは本当に感謝された。この予想を遙かに超えるヒットはやはりソアラが持っていた数多くの噦妥協のない、こだわり器と、登場するタイミングがよかったの だろうと思う。

ブロンズガラスを採用しカラーコーディネート

初代ソアラはトヨタ2000GTと同じ意気込みで作った、ということからカタログの表紙もトヨタ2000GTを参考にしているという

そのこだわりのひとつに噦ブロンズガラス器の採用がある。最上級車の2800GTエクストラに与えた専用色であるブラウンのツートーン。それまでの ツートーンといえば明確に違う色同士の組み合わせが多かったが、同系色のツートーン、それをトーントーンというのだが、そうした組み合わせは国産車にはな かった。それをあえて、同系色を使い明度と彩度を少しだけ変化させるという組み合わせにした。もちろん内外装すべて、アルミホイールの色までブラウン系で カラーコーディネートした。ところがガラスだけがブルーペンだ。ブルーと茶色というのは反対色になり、ブルーペンを通した内装が、実に変な色に見える。そ こで噦ブロンズにすればよいはずだ器となった。国産の2社、旭硝子と日本板硝子にブロンズカラーガラスの生産&販売をお願いした。

カタログの写真は、60%ほどがまるで写真集のようなヨーロッパロケの写真で構成されていた。ヨーロッパでの撮影中に、スタッフが最上級グライダー、ソアラを手配して撮影した写真も使われている

しかし、「ソアラ2800GTエクストラ」だけのためには、旭硝子も日本板硝子も作ってくれなかった。現在の板ガラス製造工程を考えれば、当然のこ とかもしれない。結局、フランスの「サンコバン社」というガラス屋から板ガラスで輸入してきて、日本で成形して取り付けた。これによって初めてトータルな カラーコーディネートが完成し、クルマの印象がしっくり落ち着いた。